Yudkowsky Sequences 日本語訳
非公式日本語訳 — 原著者・発行元による公式の翻訳ではありません

Eliezer Yudkowsky — 非公式日本語訳

還元主義

Reductionism

ほぼ一年前の2007年4月、マシュー・Cは、Overcoming Biasで扱う題材として、次の提案を寄せた。

現在君臨する哲学的覇者(還元主義的唯物論)が明らかに正しいのは、どのようにして、またなぜなのか[……]。それなのに、過去のあらゆる社会と文明で主流だった哲学的見解は、明らかに疑わしいのはなぜか――

私はこれを覚えている。依頼を見て、正当なものだと判断したが、心的投影の誤謬の連載を始めるまでは、この題材を扱えないとわかっていたからだ。それはまだしばらく先のことだった……。

しかし今、この問いを扱い始める時が来た。「唯物論」の問題にはまだ至っていないが、「還元主義」から始めることはできる。

まず、私は実際に、これからこの語へ与える意味での「還元主義」は明らかに正しいと考えている、と明言しておこう。そして、異論を唱えた過去の文明など滅びてしまえ

これは強い断言に見える。少なくとも前半はそうだ。一般相対性理論は十分に裏づけられているように見えるが、将来の物理学者がそれを覆すかもしれないではないか?

一方、私たちは決してニュートン力学へ戻らない。科学の歯止めは回るが、逆には回らない。科学史には、一、二度の傷を負った理論が復活した事例もある。しかし、ニュートン力学ほど多くの矢を胸に受けた理論は、死んだままになる

過去の文明が信じていたものが反証され、歴史のごみ捨て場へ送られたのなら、「過去の文明が何を考えていたかなど知るものか」と言っても、十分安全に思える。

そして還元主義は、積極的な仮説というより、信じることの不在である。とりわけ、ある種の心的投影の誤謬を信じないことである。

私は以前、海軍の砲手を務めた経験があると主張する人物に会った。彼は言った。「砲弾を撃つときは、ニュートン力学を使って弾道を計算しなければならない。相対論を使って弾道を計算すると、間違った答えが出る」

そこにいた私ともう一人は、きっぱり「いや」と言った。私はつけ加えた。「答えを間に合わせるほど速く弾道を計算できない、という意味かもしれない。だが、相対論による答えは、常にニュートン力学による答えより正確になる」

「違う」と彼は言った。「相対論では間違った答えが出るという意味だ。砲弾の速度で動く物体を支配するのは、相対論ではなくニュートン力学だからだ」

「もしそれが本当に正しいなら」と私は答えた。「物理学誌に発表して、ノーベル賞を受け取れるだろう」

標準的な物理学は、ボーイング747型機の飛行と相対論的重イオン衝突型加速器における衝突を記述するため、同じ基礎的理論を用いる。私たちの理解によれば、原子核も飛行機も同じく、特殊相対論、量子力学、量子色力学に従っている。

しかし、747型機の空気力学と、RHICにおける金原子核の衝突を理解するためには、まったく異なるモデルを使う。747型機の空気力学をモデル化するコンピュータには、クォークを表すトークンが一つも、RAMのビットが一つも含まれていないかもしれない。

それなら747型機は、クォーク以外の何かでできているのだろうか? 違う。単に、それをモデル化する際に、747型機のクォークと一対一に対応しない表象要素を使っているだけである。地図は領土ではない。

なぜ747型機を色力学的な表現でモデル化しないのか? そうすれば、モデルから答えを得るまで途方もない年月がかかるからだ。また、2008年現在、世界中の全コンピュータの全メモリを使っても、そのモデルを保存できない。

よく言われるように、「地図は領土ではないが、領土を折りたたんで車のグローブボックスに入れることはできない」。窮屈なグローブボックスへ収めるため、より小さな地図が必要なこともある。しかし、それによって領土は変わらない。地図の縮尺は領土についての事実ではなく、地図についての事実である。

747型機の色力学的モデルを構築して実行できるなら、正確な予測を出すだろう。実際、空気力学的モデルよりよい予測になる。

747型機の完全に正確なモデルを構築するために、そのモデルが気流や揚力のようなものの明示的な記述を含むことは、原理上必要ではない。翼の位置に対応するトークンが一つも、RAMのビットが一つもなくてよい。素粒子場と基本的な力以外には何も言及しない、747型機の正確なモデルを構築することは、原理上可能である。

「何だって?」と反還元主義者は叫ぶ。「747型機には本当は翼がないと言うのか? 翼ならすぐそこに見えている!」

ここでの考えは微妙なものである。物体が異なる水準で異なる記述を持てる、という考えだけではない。

「異なる水準で異なる記述を持つこと」それ自体が、領土について語る領域ではなく、地図について語る領域に属すると述べるべきことだ、という考えである。

先の砲手が考えたように、飛行機そのもの物理法則そのものが、異なる水準で異なる記述を使うのではない。そうではなく、便宜のため、私たちが異なる水準で異なる簡略化モデルを使うのである。

素粒子場と基本的な力だけを含む究極の色力学的モデルを見たなら、そのモデルは、気流、揚力、翼の位置についての事実をすべて含んでいるだろう。ただし、これらの事実は明示的ではなく、暗黙的に含まれている。

モデルを見て、モデルについて考えるあなたは、翼がどこにあるかを突き止められるだろう。突き止めれば、心のなかに翼の位置の明示的な表現ができる。神経RAMのなかに置かれた、明示的な計算対象である。あなたの心のなかに。

実際、飛行機について、さまざまな水準のありとあらゆる明示的記述を推論できるかもしれない。異なる水準の自分のモデル同士が、どう相互作用して組み合わさった予測を生むかについて、明示的規則さえ推論できるかもしれない――

そしてそのアルゴリズムが内側から感じられる仕方では、飛行機は多くの水準から一度に構成され、互いに相互作用しているように見えるだろう。

信念が内側から感じられる仕方では、現実をじかに見ているように思える。それ自体としての信念を見ているように実際に思えるとき、あなたが本当に経験しているのは、信念についての信念である。

そこで、効率的な複合モデルの一部として、心が多くの異なる水準の明示的記述を同時に信じ、水準間を移行する明示的規則も信じていると、まるで、異なる水準の記述と、その相互作用の規則から作られたシステムを見ているように感じられる。

しかし、これは脳が、根本的水準ではモデル化を始めることさえ到底できない対象を、効率よく圧縮しようとしているだけである。飛行機は大きすぎる。水素原子でさえ大きすぎる。クォーク同士の相互作用は、途方もなく手に負えない。あなたに真実は扱えない。

しかし、私たちにわかるかぎり、物理学が実際に働く仕方では、最も基礎的な水準――素粒子場と基本的な力――だけが存在する。あなたには生の真実を扱えないが、現実は何一つ簡略化せず扱える。(現実がその計算能力をどこから得ているのか知りたいものだ。)

物理法則には、揚力や飛行機の翼に対応する、独立した追加の因果的実体は含まれない。一方、技術者の心には、揚力や飛行機の翼に対応する、独立した追加の認知的実体が含まれる。

私の見るところ、これが還元主義のテーゼである。還元主義は積極的な信念ではなく、簡略化された多水準モデルの高次水準が、領土のなかに実在するとは信じないことである。これを腹の底から理解すれば、「翼がすぐそこに見えるのに、飛行機には本当は翼がないなどと、どうして言えるのか?」という問いは解消される。鍵となる語は、本当は見えるである。