非公式日本語訳 — 原著者・発行元による公式の翻訳ではありません

Eliezer Yudkowsky — 非公式日本語訳

後知恵が科学の価値を切り下げる

Hindsight Devalues Science

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このエッセイは、マイヤーズのExploring Social Psychologyからの抜粋に大きく依拠している。1この抜粋は、全文を読む価値がある。

The Atlanticの編集者カレン・マーフィーは、社会科学からは「どんな名言辞典にも載っていないような考えや結論は出てこない……社会科学者たちは来る日も来る日も世の中へ出かける。そして来る日も来る日も、人々の行動はだいたい予想どおりだと発見する」と語った。

もちろん、その「予想」はすべて後知恵である。(後知恵バイアスとは、問いの実際の答えを知っている被験者が、その答えを知らずに推測しなければならない被験者と比べて、その答えに「割り当てていただろう」確率をはるかに高く見積もることだ。)

歴史家アーサー・シュレジンジャー・ジュニアは、第二次世界大戦の兵士の経験に関する科学的研究を、常識の「もったいぶった立証」にすぎないものだと切り捨てた。たとえば、次のようなものだ。

  1. 高い教育を受けた兵士のほうが、教育水準の低い兵士よりも適応上の問題に苦しんだ。(知識人は、世渡りにたけた人ほど戦闘のストレスへの備えができていなかった。)
  2. 南部出身の兵士は、北部出身の兵士よりも南洋諸島の暑い気候にうまく対処した。(南部の人は暑さに慣れている。)
  3. 白人の兵卒は、黒人の兵卒よりも下士官への昇進を強く望んだ。(長年の抑圧は達成動機を損なう。)
  4. 南部出身の黒人兵士は、北部出身の白人将校よりも南部出身の白人将校を好んだ。(南部の将校のほうが、黒人とのやりとりに経験を積み、慣れていた。)
  5. 戦闘が続いている間、兵士たちは終戦後よりも強く帰郷を望んだ。(戦闘中、兵士は自分が命の危険にさらされていると知っていた。)

これらの結果のうち、いくつを事前に予測できたと思うだろうか。五つのうち三つ? 四つ? 反対の結果を予測していただろうもの、つまりあなたのモデルが打撃を受けるものはあるだろうか。先へ進む前に、少し考えてほしい……。

...

この実演(マイヤーズを通じて紹介されたポール・ラザースフェルドのもの)では、上の結果はすべて、実際に得られた結果とは逆になっている。2自分のモデルが打撃を受けたと思ったのは何回だっただろうか。自分は間違えていただろうと認めたのは何回だっただろうか。それが、あなたのモデルの実際の実力だ。合理主義者としてのあなたの強さは、現実よりも作り話に強く戸惑う能力によって測られる。

もちろん、私が結果をもう一度逆にしていなければ、の話だ。あなたはどう思う?

答えが本当にわからないこの時点での思考過程は、「わかっている」答えのどちらの側をもっともらしく説明するのに使った思考過程とも、違って感じられるだろうか。

ダフナ・バラッツは、研究結果と称する一対の記述を大学生に提示した。一方は真実(「好景気のとき、人々は不景気のときよりも、収入のうち大きな割合を支出する」)で、もう一方は真実の逆である。3対になった記述のどちらについても、学生たちはその結果を、自分が「予測していただろう」ものと評価した。まさに典型的な後知恵バイアスだ。

そのため人々は、それくらい「予測できた」のだから、科学など必要ないと思うようになる。

(いかにも予想どおりだろう?)

後知恵のために、私たちは科学的知見の意外さを系統的に過小評価してしまう。とりわけ、自分が理解できる発見、自分にとって現実味があり、自分の世界モデルに後づけで組み込める発見についてそうなる。神経学や物理学を理解し、その分野のニュースを読んでいるなら、おそらくその分野の知見の意外さも過小評価している。それは研究者の貢献を不当に低く評価することになる。さらに悪いことに、自分が本当なら予想していたはずのことに合わない証拠を目にしているのに、そのことに気づけなくなる。

私たちは、十分に驚くため、意識して努力しなければならない。

David G. Meyers, Exploring Social Psychology (New York: McGraw-Hill, 1994), 15–19. ↩

Paul F. Lazarsfeld, “The American Solidier—An Expository Review,” Public Opinion Quarterly 13, no. 3 (1949): 377–404. ↩

Daphna Baratz, How Justified Is the “Obvious” Reaction? (Stanford University, 1983). ↩