非公式日本語訳 — 原著者・発行元による公式の翻訳ではありません

Eliezer Yudkowsky — 非公式日本語訳

見せかけの利己主義

Fake Selfishness

❦

あるとき、自分は徹底して利己的だと公言し、私にも徹底して利己的になるべきだと言う人に出会った。その日はいたずら心が湧いていた1ので、私はこう言った。「宗教を信じる人の大半は、少なくとも私の会う人たちは、その宗教が何を説いているかにはあまり左右されないようです。何をしたいと思っても、そのための宗教的な理由が見つかるからです。信じない者を石打ちにせよと教義にあっても、人には親切にしたいので、そちらを宗教的に正当化する理由を見つけます。利己主義の哲学を唱える場合も、人に親切にしたくなればいつでも利己的な理屈で正当化できるので、行動には影響しないように見えるのです」

その人は「そうは思いません」と言った。

私は言った。「本当に利己的なら、なぜ私にも利己的になってほしいのですか。それでは私の幸福を気にかけていることになりませんか。私を利用できるよう、もっと利他的になるように説得すべきでは?」その人は答えた。「あなたが利己的になれば、たとえば私の私有財産を侵害する法律を成立させたりするより、経済の中で生産的な役割を果たすほうが、合理的な自己利益にかなうとわかるはずです」

そこで私は言った。「でも私はすでに、政党とは関係なく自由至上主義を支持していますから、そんな法律には賛成しません。それに、自分を利他主義者だと思っているからこそ、もっと給料の高い仕事ではなく、あなたも含めた大勢の役に立てると思う仕事に就いているのです。私が利己的になったら、あなたは私から本当にもっと利益を得られますか。そもそも、私を利己的になるよう説得することが、あなたにできるいちばん利己的なことなのでしょうか。もっと直接的な利益をもたらす時間の使い方が、ほかにあるのでは? でも、本当に知りたいのはこれです。まず利己的でありたいと思い、そのうえで、これこそ自分にできる最も利己的なことだと判断したのですか。それとも、まず他人を利己主義に改宗させたいと思い、そのあとで、それが自分の利益になると正当化する理屈を探したのですか」

その人は「最後の点については、あなたが正しいかもしれません」と言った。そこで私は、彼は知的な人だと評価した。

自称利己主義者に投げかける、ほかの意地悪な質問。「人類全体を救うために、自分の命を犠牲にしますか?」(厳密には自分の命も人類に含まれると気づかれたら、地球を救うために今すぐ死ぬか、あと一年快適に暮らしてから地球とともに死ぬかを選べる、と条件を明示すればよい。)あるいは、規模への鈍感さのため、多くの人が地球より一人の命を気にかけることを踏まえて、「どちらか一方が起きるとしたら、自分が足の指をぶつけるのと、あそこの壁際に立っている見知らぬ人が50年間むごい拷問を受けるのとでは、どちらを選びますか?」(それを知ると心が乱されると言われたら、拷問のことは知らされないと条件を明示する。)「本人にもほかの誰にも絶対にばれないと保証されるなら、ビル・ゲイツから1,000ドルを盗みますか?」(利己的な自由至上主義者限定。) ↩︎