❦
初期の量子物理学を振り返るとき——主要な人物を叱るためでも、その時代に生まれていれば私たちならもっとうまくできたと主張するためでもなく、教訓を学び、次にはもっとうまくやるために——量子物理学の暗黒時代を振り返るとき、私が「最も根本的な」誤りとして挙げたいのは……
……心は物理学の根本要素ではなく、物理の内部で成り立つ複雑なものだと示してきた、過去3000年の科学の進路を逆転させようとしたこと、ではない。ここは科学の世界であり、革命は起こる。ときには流れを逆転させなければならない。未来はいつもばかげて見えるが、法則に反することは決してない。
次に繰り返すべきでない根本的な誤りとして挙げたいのは、初期の科学者たちが、自分たち自身も粒子でできていることを忘れた、ということだ。
もちろん、ほとんどの人は理屈では知っていたはずだ。
それでも、通り過ぎる電子を検出するセンサーを置くこと、あるいは電子の履歴を知っていることさえ、「粒子が違う場所にある」ことの一例だとは気づかなかった。だから、異なる配置を扱う量子理論だけで、意識を持ち出す必要なく実験結果をすでに説明できている、と気づかなかったのだ。
祖先の環境では、人間はよく、ほかの人間の行動を予測するという、適応上重要な課題に直面した。そのためには、相手が粒子でできていると考えるのではなく、考えを持ち、何かを知り、何かを感じていると考えた。実際、狩猟採集の部族の多くは、粒子の存在すら知らなかったかもしれない。脳の粒子が違う状態を占めていると考えるより、誰かが何かを「知っている」と考えるほうが、はるかに直感的で、単純に感じられる。人が何を知っているかで説明するほうが容易で、自然に感じられ、すぐ頭に浮かぶ。
かつて、マクスウェル方程式を想像するより、トールが雷を投げるのを想像するほうが簡単だったのと同じだ。たとえ、トールのような知的主体のプログラムより、はるかに小さなコンピュータープログラムでマクスウェル方程式を記述できるとしても。
だから昔の物理学者には、「私は光子がどこにいたか知っている……それで何が変わるというのか?」と考えるのが自然だった。「私の脳の粒子の現在の状態は、光子の履歴と相関している……それで何が変わるというのか?」とは考えなかった。
同様に、人が何かを知るという観点で現実をモデル化するのは簡単で直感的に感じられ、知っていることを脳の状態へ分解する考えは、それほどすぐには浮かばない。そのため、ある配置が振幅を持ちうるのは「そうではないと知っていない場合だけ」だと言うのが、単純な理論に思えたのだ。
二元論的な量子仮説を、人間の科学者がいつ「観測」が起きたか判断することなく、コンピュータープログラムとして書ける形式的な理論にするには、「観測者」が何かを「知る」とはどういうことか、プログラムが計算できる形で指定しなければならない。
では、あなたの基礎物理学の理論は、粒子の運動を計算するために、人間の脳内の全粒子を調べ、それらの粒子がいつ何かを「知る」かを判定するのだろうか? だとしたら、脳そのものの粒子の運動はどう計算するのか? 無限再帰の可能性が生じないだろうか?
だが、理論の言葉を処理するのが人間の科学者である限り、「観測」がいつ起きたかは、ただわかっていた。実験の予測を正しくするために必要なときには、いつでも「観測」が起きたと言えばよかった。目立たない形で、絶えずつじつまを合わせていたのだ。
(思い出してほしい。量子論の基礎が作られたのは、アラン・チューリングがチューリングマシンについて何かを言うより前、計算という概念が広く知られるようになるはるか前だ。実効的に計算できる形式理論と、人間の解釈を要する理論の区別は、今ほど明瞭ではなかった。後から見れば問題を特定するのは簡単だ。事前に見通す段階でも普通これほど明らかなのだ、という教訓を学んではいけない。)
振り返ると、歴史から学べる一つ上の教訓は、科学にとって哲学は本当に重要であり、単に別の学問分野のおまけではない、ということのように思えるかもしれない。
結局、初期の量子科学者たちは、正しい実験をきちんとやっていた。誤っていたのは解釈だ。そして解釈上の問題は、統計を間違えた結果ではなかった。
振り返ると、彼らの誤りは、何というか、「哲学的」と呼ぶ種類の思考の誤りだったように見える。
振り返って、「初期の量子科学者たちは、原理的にでも、どうすればもっとうまくできたのか?」と問うと、必要だった洞察は哲学的なものに見える。
それでも、颯爽と現れて問題を解き、謎を晴らし、すべてを正常に戻したのは、職業哲学者ではなかった。それは、つまり、物理学者たちだった。
ライプニッツが量子物理学について示した先見性は、かつてデモクリトスが原子について示したとされた先見性に、少なくとも匹敵すると論じられるかもしれない。だが、それは後知恵だ。解答を見てから過去を振り返り、「ああ、ライプニッツも似たことを言っていた」と言った結果である。
一人の哲学者が事前に正解していたとしても、どの哲学者が正しかったかを最後に教えてくれるのは、たいてい科学であって、哲学界の事前の合意ではない。
これは、哲学の性質と、哲学と科学の接点について、何か根本的なことを示していると思う。
あらゆる科学は哲学として始まり、その後成長して哲学の胎内を離れる、だからどの時点でも「哲学」とは、まだ科学にしていないものなのだ、とかつて言われた。
量子物理学の歴史を見て「彼らに必要だったのは哲学的洞察だ」と言うとき、私たちが実際に見ているのは、必要だった洞察が、まだ大学の標準的な授業では教えられず、まだ計算へ還元されていない種類のものだった、ということではないか。
かつて、科学的方法——実験的証拠に基づいて信念を更新すること——という考えは、哲学的な考えだった。だが、それを推進したのは職業哲学者ではなかった。科学的な認識論がよい認識論であると示したのは、科学が現実に発揮した力であって、哲学者たちの事前の合意ではなかった。
今日、この信念更新の哲学は、統計学やベイズ確率論という計算へと、還元され始めている。
だがガリレオの時代、聖書やアリストテレスに答えを求めるより、実験結果を数値で予測してみるべきだ、と訴えていたのは、曖昧な言葉の議論だけだった。
科学の最前線、とりわけ科学の混沌と混乱の最前線には、大学の授業では教わらず、計算にも還元されていない、思考の問題がある。これは哲学の領域に見えるだろうし、混乱を整理するには哲学的に考えなければならないように思えるだろう。だが歴史が振り返るとき、残念ながら、たいてい職業哲学者が勝利をさらうわけではない。その哲学的思考を行うには、科学の領域に深く関わる必要があるからだ。後になれば、すべて先験的に知れたように思えても。後になれば、どこかの哲学者が実際に先験的に答えを得ていたとしても。それでも、実際に見抜くには深い関わりが必要で、どの哲学者が勝ったかを世界に示すには、実験結果が必要なのだ。
私の考えでは、倫理と同じく、哲学は本当に重要だが、科学の内側からでなければ、有効には実践できない。最先端の科学の哲学を、別個の学問的職業として行おうとするのは、別個の倫理専門家を置こうとするのと同じくらいの間違いだ。結局、主にほかの倫理学者に話す倫理学者と、主にほかの哲学者に話す哲学者が生まれる。
これは、世界に職業哲学者の居場所がないと言っているのではない。あまりに混沌としていて、科学の殿堂のどこにも、まだ決まった居場所のない問題もある。だが、そうした「職業哲学者」は、関連がありそうな科学を、手に入れられる限り片っ端から学ぶのが、きわめて賢明だろう。論争を最終的に決着させるのが議論ではなく実験になるとしても、驚くべきではない。自分でできる実験を思いつけるなら、実行をためらうべきではない。
これが歴史の教訓だと、私は思う。