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前のエッセイで、私はこう書いた。
科学には、進化に何ができるかについて、とても正確な見方がある。それより1ミリでも高く進化を褒めれば、創造論に対して「進化の側で戦っている」ことにはならない。科学的に不正確になっているだけだ。それ以上でも以下でもない。
このエッセイでは、進化のよく知られた非効率性と限界をいくつか述べる。私は英語で「進化」を複数形にしている。キツネの進化はウサギの進化とは相反する方向に働き、どちらもヘビの進化に相談して、毒牙の作り方を教わることはできないからだ。
ここでは進化の限界について話すが、だからといって創造論をこっそり持ち込もうとしているわけではない。これは標準的な「進化生物学201」の内容だ。(式の導出まで必要なら583になる。)こうした限界のある進化でも、観察される生物界を説明できる。実際、それを理解するには限界のほうも必要だ。進化の驚異は、それがどれほどうまく働くかではなく、とにかく働くことにあるのを思い出してほしい。
人間の知能はあまりにも複雑で、その効率をうまく計算する方法は誰も知らない。自然選択も単純ではないが、人間の脳よりは単純だ。そして、それに応じて遅く、非効率である。史上初の最適化過程にふさわしい。実際、進化は、どのくらい愚かなのかを正確に計算できるほどには単純だ。
進化は遅い。どれくらい遅いのか? 適応度を3%高める有益な突然変異があるとしよう。つまり、この遺伝子の保有者は、非保有者の平均1.03倍の子どもを持つ。この変異がそもそも広まるとして、集団全体に広がるのにどれくらいかかるだろう? それは集団の大きさによる。適応度を3%高める遺伝子が10万個体の集団に広がる場合、遺伝子プール全体に行き渡るまでには平均768世代が必要だ。50万個体の集団なら875世代かかる。一般式は、
固定までの世代数 = 2 ln(N)/s ,
であり、Nは個体数、(1 + s)は適応度だ。(この遺伝子の保有者が、非保有者の1.03倍の子どもを持つなら、s = 0.03となる。)
したがって、個体数が100万――狩猟採集時代の推定人口――なら、1%の優位性を与える遺伝子が遺伝子プール全体に広がるには、2,763世代かかる。1
驚くことではない。遺伝子は、広まるための仕事をすべて自力でしなければならないからだ。遺伝子プールを眺めて「ふむ、あの遺伝子は急速に広まっているな。みんなに配ろう」と言ってくれる進化の妖精はいない。人間の市場経済なら、まっとうな方法で投資から20%のリターンを得ている人は、特にその仕組みが明白なら、ほかの投資家からすぐに追加資本を集められ、ほかの人たちも同じ事業を始めるだろう。遺伝子は、株式市場も銀行も模倣者もなしに広まらなければならない。ヘンリー・フォードが車を1台作り、売り、その金で平均1.01台分の部品を買い、それらを売り、100万台になるまで繰り返さなければならないようなものだ。
これらはすべて、遺伝子がそもそも広まることを前提としている。その点については式はもっと単純で、結局、個体数にまったく依存しない。
固定する確率 = 2s .
3%の優位性を与える突然変異は、突然変異としては相当に大きな効果だが、少なくともその一回の機会で広まる確率は6%である。2突然変異は何度も起こりうるが、個体数100万、複製誤りが1塩基・1世代当たり10−8回の個体群では、次の機会まで100世代待つ必要があるかもしれない。それでも、固定する確率はやはり6%しかない。
それでも、長い目で見れば、進化はいずれそこへたどり着く可能性がかなりある。(これは繰り返し現れるテーマになる。)
複雑な適応が進化するには、非常に長い時間がかかる。まず、それ自体で有利な対立遺伝子Aが現れ、遺伝子プールに固定するまでに1,000世代を要する。その後で初めて、Aに依存する別の対立遺伝子Bが、固定に向けて増え始められる。環境が統計的に確かな傾向として寒い天候をもたらさないかぎり、毛皮は強い優位性にはならない。さて、遺伝子もほかの遺伝子の環境の一部である。BがAに依存するなら、Aが遺伝的環境に確実に存在しないかぎり、Bに強い優位性はない。
Bは、Aがあれば5%の優位性をもたらし、なければ何の優位性もないとしよう。すると、集団内のAの頻度がまだ1%のとき、Bが優位性をもたらすのは100回に1回だけなので、Bの平均的な適応度の優位性は0.05%、Bが固定する確率は0.1%だ。複雑な適応では、まずAが1,000世代をかけて進化し、次にBがさらに1,000世代をかけて進化し、次にA∗がさらに1,000世代をかけて進化する……そして数百万年後、新しい複雑な適応ができあがる。
その上、ほかの進化はそれをまねたりしない。ヘビの進化がすばらしい新しい毒を生み出しても、キツネの進化やライオンの進化の助けにはならない。
これらを、互いに依存する100個の部品からなる新しい複雑な仕組みを、ある日の午後だけで設計できる人間のプログラマーと比べてみよう。そもそもそんなことがどうして可能なのか? 答えのすべてを私は知らないし、おそらく科学も知らないだろう。人間の脳は進化よりずっと複雑だ。「組合せ的なモジュール表現を用いた、目標指向の後向き連鎖」などと言って煙に巻くことはできるが、それであなたが人間を設計できるようにはならない。それでも、人間にはできる。後から別の新しい部品を設計することを見越して、新しい部品を設計できる。相互依存する仕組みに、整合した同時変更を加えられる。一つの試験例を観察して学べる。問題箇所に狙いを絞り、解決方法を抽象的に考えられる。宇宙線が当たってよい変更を生むのを待つのではなく、どの調整を試す価値があるかに優先順位をつけられる。自然選択の基準で見れば、これはまさしく魔法だ。
人間には、宇宙の予想寿命をかけても進化にはおそらく到底できないことができる。著名な生物学者シンシア・ケニオンは、私が同席する光栄に浴したある夕食会で、こう言った。「進化が10億年かけてもできないことを、一人の大学院生が1時間でやってのけることがある」。生物学者たちの現在の最善の知識によれば、進化が完全に回転する車輪を発明したのは、全部合わせても3回だ。
そして、プログラマーがコード片をインターネットに投稿するという部分も忘れてはいけない。
確かに、進化の作品の中には、ホモ・サピエンスの最高の技術と比べても見事なものがある。だが、私たちのカンブリア爆発が始まり、知識を本格的に積み重ね始めたのは、せいぜい……400年くらい前ではないか? ある点では、生物学的な仕組みはいまだに人間の最高の技術を上回る。私たちは蝶ほどの大きさの自己複製システムを作れない。一方、別の点では、人間の技術が生物界をはるかに引き離している。私たちには車輪があり、鋼があり、銃があり、ナイフがあり、先のとがった棒がある。ロケットも、トランジスタも、原子力発電所もある。10年過ぎるごとに、その釣り合いはますます傾いていく。
だから、もう一度言おう。人間が設計の技の手本を自然選択に求めるのは、現代の洗練された細菌が、最初の不器用な複製子の生化学をまねようとするようなものだ。最初の複製子が今の競争的な生態系に現れたら、即座に食べられてしまう。自分の戦略にランダムな点突然変異を加え、3%の改善を採用するために768回の試験を待とうとする人間の計画者にも、同じ運命が待っている。
進化を、それにふさわしい評価より1ミリも高く褒めてはいけない。
次回予告:進化についての、さらにわくわくする数学的な限界!
Dan Graur and Wen-Hsiung Li, Fundamentals of Molecular Evolution, 2nd ed. (Sunderland, MA: Sinauer Associates, 2000). ↩
John B. S. Haldane, “A Mathematical Theory of Natural and Artificial Selection,” Mathematical Proceedings of the Cambridge Philosophical Society 23 (5 1927): 607–615, doi:10.1017/S0305004100011750. ↩