問題の所在
| 私たちの立場を詳しく説明した文書です。短い説明は「ブリーフィング」をご覧ください。 |
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世界を代表するAI企業が公言している目標は、理論物理学の難問を解くことから、人間社会の状況に巧みに対処することまで、人間にできることなら何でもできるだけの汎用性を備えたAIを作ることです。近年の機械学習の進歩によって、この目標は手の届くところまで来たように見えます。現時点で私たちは、今後1〜2年であらゆる人間より能力の高いAIが実現する可能性を排除することには、ためらいがあります。逆に、実現までまだ20年かかるとしたら、それなりに驚くでしょう。
MIRIの研究者たちは現在、人間より賢いAIが2020年代に開発されれば、かつてない大惨事になると考えています。この分野の第一線の研究者から幅広い賛同を得たCAIS声明には、こうあります。
AIによる絶滅のリスクを軽減することは、パンデミックや核戦争といった他の社会全体に及ぶリスクと並ぶ、世界的な優先課題であるべきです。
この分野の現在の技術的理解や手法に近いもので研究者が超知能AIを作れば、予想される結末は人類の絶滅だと私たちは考えています。
「世界各地の研究機関が、人類の絶滅を引き起こす可能性の高い技術を現在開発している」という結論は、迅速な政策対応を促すはずのものです。しかし、AIの進歩の速さに、政府も有権者も不意を突かれました。本文書では、読者が現状を把握できるようにするとともに、大惨事を防ぎうる政策措置の概要を示します。
本文書の要点は次のとおりです。
- 能力の上限が人間の水準にあるわけではありません。
- ASIは目標に向かう行動をとる可能性がきわめて高いと考えられます。
- ASIは誤った目標を追求する可能性がきわめて高いと考えられます。
- 誤った目標を持つASIを作ることは、致命的な危険を伴います。
- 十分に踏み込んだ政策対応によって、大惨事を回避できます。
1. 能力の上限が人間の水準にあるわけではありません。
CAIS声明の署名者には、AI分野で論文の被引用数が最も多い存命の科学者3人、ジェフリー・ヒントン、ヨシュア・ベンジオ、イリヤ・サツケヴァーが含まれます。このうちヒントンは、こう述べています。「政府に助言する立場なら、これらが今後20年以内に人類を滅ぼす確率は10%だと言うでしょう。それが妥当な数字だと思います」。また、2024年4月の質疑応答では「実のところ、存亡に関わる脅威のリスクは50%を超えると考えています」と述べました。
AIがこれほど極端な危険をもたらす根本的な理由は、AIの進歩が人間と同程度の能力で止まるわけではないことです。人間並みの汎用性を持つシステムを開発すれば、ほどなく人工超知能(ASI)に至る可能性が高いと考えられます。ASIとは、経済・科学・軍事を含むあらゆる能力で、人間を大幅に上回るAIです。
歴史的に見て、計算による作業を自動化する方法が見つかると、たいていコンピューターは、その作業を人間よりはるかにうまく、速く、しかもはるかに大規模に実行できることがわかってきました。近年のボードゲームやタンパク質の構造予測におけるAIの進歩は、まさにその例です。AIは人間の一流の専門家と同じ能力水準にはほとんど、あるいはまったくとどまらず、人間を超えました。戦略に奥行きがあり、極めるのが難しい囲碁では、AIはわずか1年の間に、最も弱い人間のプロにも一局も勝てない状態から、最強の人間のプロにも一局も負けない状態へ進みました。具体的にAlphaGo Zeroを見ると、人間の対局や戦略の情報に一切触れることなく、囲碁をまったく知らない状態から、どの人間の棋士よりも強くなるまでにかかったのは3日でした。
計算の基本的な処理では、コンピューターのハードウェアはほとんどの面で、生物の同等の仕組みを大きく上回ります。現在のエネルギー効率ははるかに劣るものの、現代のトランジスタは、ニューロンの発火に比べて少なくとも1,000万倍の速さで状態を切り替えられます。コンピューターシステムの作業記憶や記憶容量も、人間の脳をはるかに上回りえます。現在のシステムはすでに、文章、絵、コードなどを、どの人間よりも桁違いに速く作り出しています。最も賢い人間にできるあらゆる認知課題をAIがこなせるようになったからといって、その速度上の優位やその他の優位が突然なくなるとは考えるべきではありません。むしろ、人間より賢いAIは、速度や作業記憶などでも人間を大幅に上回ると予想すべきです。
AIの構造の多くはデジタルであるため、運用中のシステムでさえ、すばやく再設計して更新できます。そのためAIは、人間よりはるかに速く、根本的に自らを改変し、改良できます。AIの自己改良によって、自らを改良する速さも能力も高まるため、フィードバックの循環、すなわちI・J・グッドのいう「知能爆発」が生じる可能性があります。
人間の科学的能力は世界に大きな影響を及ぼしてきました。しかし、暗算など科学の基礎となる能力について、人間は最適な水準にはほど遠い状態です。そもそも脳は、そのような仕事のために進化によって最適化されたものではありません。もっと広く見れば、人類はまだ若い種であり、進化は汎用的な知能を持つ心の設計の可能性を探り始めたばかりです。その探索も、人間の生物学的な偶然の特徴に妨げられてきました。たとえば、人間の産道は広げすぎると二足歩行に支障が出ます。これが、より大きな脳へ進化するうえでの制約になりました。AIの計算能力を10倍にするには、GPUを10倍つなぐだけで済むことがあります。必ずしも文字どおり簡単な作業ではありませんが、人間の産道を広げるよりは簡単です。
これらを踏まえると、AIが人間の最も優秀な科学者や技術者とおおむね同じ知能水準で、長く足踏みする可能性はかなり低くなります。
「人間レベル」のAIという捉え方よりも、能力の低いAIでは、分野によって人間未満の技能と人間を超える技能が奇妙に混在し、能力の高いAIは人間の能力の範囲を大きく外れる、と考えるべきです。
人工超知能に警鐘を鳴らす科学者は多く、その数は急速に増えています。Anthropicのダリオ・アモデイへの最近のインタビューから引用します。
アモデイ: ええ、ASL-3[AI安全性レベル3]は今年か来年にでも十分ありうると思います。ASL-4は——
クライン: なんてことだ。
アモデイ: いやいや、言ったでしょう。私は指数関数的な伸びを信じています。ASL-4は2025年から2028年のいつ来てもおかしくないと思います。
クライン: それは速いですね。
アモデイ: ええ、本当に近い未来の話をしているんです。
AnthropicがASL-4と関連づけている基準には、「現実世界で自らを複製し、資源を蓄え、停止されることを無期限に避け続ける能力が、明白にある」AIや、「AIモデルが、ある主要分野で国家安全保障上のリスクの最大の原因となっている」状況などがあります。
もっと知る:人間より賢いAIが近いうちに開発されると考えるのはなぜか
1901年、空気より重い最初の飛行機の製作に携わる2年前、ウィルバー・ライトは弟に、動力飛行の実現はまだ50年先だと語っていました。一方、核融合発電はこの50年間ずっと「あと20年」と言われてきたことで有名です。歴史を振り返ると、科学者や技術者は、ある技術が実現可能か、どのような技術になるかを言い当てることには比較的成功してきました。しかし、突破口が開けてその技術が実現するのがいつかという予測では、それほど成功していません。
ASI(人工超知能)がいつ実現するかは、不確実だと私たちは考えています。こうした進展の時期を予測する難しさを踏まえると、ASIの実現が目前に迫るか、すでに実現してしまうまで、同じような不確実さが続くと見ています。政策担当者が介入してこの技術の開発を阻止するのであれば、残された時間が完全にはっきりする前に行動する必要があります。
とはいえ、現時点で最も妥当だと考える見通しは、ASIの実現まで、おそらくそれほど長くはないというものです。最近の進歩は非常に速く、私たちMIRIは、2年後や5年後にASIが開発されても驚きません。逆に、まだ20年以上先だとすれば驚きます。
ChatGPTのような最近の発明によって、AIは一般の人々からも注目されるようになりました。しかし、こうした発明は、一度きりの突破口が生んだものではありません。ChatGPTのようなツールは、長く続いてきた進歩の最新の成果なのです。
20年前、研究者たちは、AIにはできないことが多いからASIはまだ遠い先だと論じていました。基本的な画像認識や画像生成、翻訳、ウィノグラード・スキーマ、プログラミング、囲碁やStarCraftのようなゲームなどです。そうした課題はすべて克服されました。その結果、いまの私たちとASIの実現との隔たりは、ほとんどが具体的に捉えにくいものになっています。最先端のAIでも解けない問題はまだ多数ありますが、「AIにはこの問題は絶対に解けない」と言った人が、いまのAIがすでにその課題を得意としていると知る、といったことがますます増えています。
現在のシステムから人間より賢いシステムへの進歩には、ある境目を越えた途端に大きな変化が起きる、閾値効果が現れそうです。チンパンジーと人間の脳は大筋で似ていて、進化の隔たりも数百万年にすぎません。それでも、両者の認知活動が生み出す結果は大きく異なります。人間は、チンパンジーには届かない一つ以上の閾値を越えたからです。
進化は地質学的な時間のスケールで起こりますが、人間の技術は数か月、数年という単位で進歩します。しかもAIには、自己改良のような別の閾値効果もあるため、人間の場合よりさらに急激で不連続な変化が生じるかもしれません。
ここ数年で、AIは急速にソフトウェア開発の重要な担い手となりました。AI研究の作業を自動化し、自身の汎用的な能力を高めるAIの力が、決定的な閾値を越えると、追加の改良が自己改良の過程をさらに加速させ、AIの能力は歯止めなく伸びていく可能性が高くなります。自己改良できるAIが当初は人間の能力の範囲に収まっていたとしても、この循環で得られる効果が大幅に逓減するころには、その能力は人間の範囲をはるかに超えていても不思議ではありません。そもそも、最初からその範囲に収まっているとも限りません。
こうした要因があるため、非常に短期間で実現する可能性は排除しにくくなっています。それでもなお、状況には大きな不確実性が残っています。
今後1年以内にASIが作られる可能性を排除する観測結果も理論もありません。同時に、大規模言語モデルが壁に突き当たり、研究者たちが新しく優れたアプローチを探して苦戦する可能性を排除する観測結果や理論もありません。AIの問題がすっかり解決する時期は、AlphaGoのように驚くほど早いこともあれば、自動運転車のまれな失敗をなくす取り組みのように、驚くほど遅いこともあります。
閾値効果があること、そして「いまの私たちとASIの実現との隔たりのほとんどが、具体的に捉えにくいものである」ことから、新たなAIの進歩が現れれば状況が明確になるとも期待しにくいのです。課題が次々に克服されても、次の課題がどれほど早く克服されるのか、現時点の最先端とASIの間にどれだけ隔たりがあるのかは、引き続きはっきりしない可能性が高いでしょう。
これほど不確実なのに、なぜMIRIの研究者は、たとえば30年後よりも5年後や10年後の実現のほうがありそうだと考えるのか、と問うのはもっともです。簡潔に答えるなら、この状況で実現年を計算できるような、精緻な形式的手法はありません。ほかの多くの研究者も、ASIの時期については同様に考えているようです。できるのは、アルゴリズムの進歩とハードウェアの規模拡大が何らかの形で組み合わさることで、比較的近いうちに、人間を超える汎用的な認知能力が実現するのではないかと、推測することです。その根拠は、囲碁から画像生成、会話に至るまで、最近のアルゴリズムの進歩がもたらした質的な大幅改善と、GPTが規模の拡大によって示してきた質的な能力の飛躍です。
AI開発はもっと予測可能だと論じる研究者もいます。この文脈でよく引用されるKaplanら(2020年)の論文は、モデルの規模、学習データ、計算量を増やしたときの性能向上に関する「スケーリング則」を提案しました。しかし、スケーリング則で追跡する種類の指標は、システムの能力水準について、実際に重要となる情報を教えてくれません。特定の計算能力やデータ量などを「人間並みの知能」や「超知能」と対応づけようとする試みは、ほとんど単なる推測に見えます。経験的に観測された傾向とそうした推測を同列に扱うと、両者の根拠の確かさも同程度であるかのような誤解を招きかねません。
大規模言語モデルに代表される現在のアーキテクチャーが、規模を拡大するだけで超知能にまで到達できるかどうかは分かりません。しかし、AI企業は別のアーキテクチャーを懸命に探しており、最新の最先端モデルには、すでに構造上の調整や改良が施されている可能性が高いでしょう。
過去には、1980年代後半から1990年代にかけてのAIの冬のように、AIへの熱狂の後で進歩が鈍った時期がありました。今後も、大小さまざまな減速が起こるかもしれませんし、起こらないかもしれません。しかし、この10年間でAIが非常に急速に進歩した結果、状況は1980年代のバブルとは大きく異なっています。
数百億ドルの資金と何万人もの研究者・技術者が、金鉱に続いていると信じる道を追っています。単純な規模拡大がうまくいかなくても、突然諦めるわけではありません。ChatGPTのようなAIの中核にあるトランスフォーマーほどの大きな革新は、毎年は生まれませんが、ときどきは生まれます。現在のアーキテクチャーで規模拡大が効果を上げなくなれば、AI業界は別のアルゴリズムにいっそう力を注ぐでしょう。
したがって、この分野に投入される研究の労力と資金が大きく増えていることは、今後10年間で進歩が加速する可能性を示しています。私たちは、あとどれだけのAIの進歩までなら生き延びられるのか分からない一方で、技術的な突破口を次々と生み出そうと莫大な労力が注がれていることは分かっている、という落ち着かない立場にあります。MIRIの上級研究員エリエゼル・ユドコウスキーの最も妥当だと考える推測では、開発者がASIに到達するまでに必要な、トランスフォーマーに匹敵する重要な革新は、あと0〜2回である可能性が高いとのことです。もっとも、これはあくまで推測です。
付け加えるなら、有力な研究所のトップたちも、数年以内に完全に汎用的なAIが実現すると予測しています。2024年2月、Google DeepMindのCEOデミス・ハサビスは、2030年ごろまでに「AGIに似たシステム」が登場すると予測しました。MetaのチーフAIサイエンティストで、人間並みのAIには懐疑的と見られることの多いヤン・ルカンでさえ、2024年10月にはこう述べています。
私は、人間レベルのAIに到達するには「10年とはいかなくても、数年はかかる」と言いました。
[OpenAIのCEO]サム・アルトマンは「数千日」と言っています。つまり少なくとも2,000日(6年)、あるいは3,000日(9年)ということでしょう。
ですから、私たちの見解は食い違っていません。
ただ私は、この分布には長い裾があると考えています。つまり、それよりずっと長くかかる可能性があります。AIでは、ほとんどいつも予想より時間がかかるものです。
いずれにせよ、今後1、2年で実現するわけではありません。
私たちから見ると、この種の証拠はやや弱いものです。研究所は自社製品をいくらでも大げさに宣伝できるので、そのトップの公の予測だけを重く受け止めてはいません。それでも、企業が20年や50年ではなく、5年や10年という時間軸で語っていること、そしてルカンでさえそうした見方をしていることは、注目に値するでしょう。
私たち自身の評価も、不確実ではありますが、こうした見通しとおおむね一致しています。ASIは現代の大規模言語モデル(LLM)に似た手法で作られるかもしれませんし、そうではないかもしれません。しかし、研究者たちはLLMの規模拡大だけでなく、新たな手法も追求しています。
投入される労力と資金が増えるにつれ、ASIが登場しても生き延びられる備えが世界にあるかどうかにかかわらず、誰かが成功する可能性は高まります。
こうした懸念の広がりを受け、米国上院の議員たちは「リスク、アラインメント、破滅的なシナリオへの備え」を主題に、超党派のAIインサイト・フォーラムを開催しました。国連のアントニオ・グテーレス事務総長も、研究者コミュニティーの多くが強く警鐘を鳴らし、「AIは人類の存亡を脅かすと表明している」ことを認めました。米国務省が委託した報告書では、Gladstone AIが、汎用AIシステムの制御を失うことは「人類という種に絶滅規模の脅威をもたらしかねない」と警告しています。
政府が介入してこの技術の開発を止めなければ、自然な成り行きとして人類は絶滅すると私たちは考えています。近いうちに踏み込んだ政策対応がなされない場合、絶滅する確率はどのくらいか。MIRIの研究責任者たちが数字で答えるなら、90%を超えるとするでしょう。
以下では、この脅威がどのように、なぜ生じるのか、そしてどのような対策が必要だと私たちが考えているのかを説明します。
2. ASIは目標に向かう行動をとる可能性がきわめて高いと考えられます。
目標に向かって行動する能力には経済的な価値があり、主要なAI企業は、自社のモデルにそうした行動をさせようと明確に取り組んでいます。
しかし、ASIが目標に向かって行動すると考える、より根本的な理由は、長い時間軸で問題を解決することが、実質的には目標に向かって行動することと同じだからです。これは、ASIをめぐる状況が深刻だと私たちが考える主な理由の一つです。
ここで押さえておきたいのは、AIが「目標に向かう行動をとる」ために、人間のような欲求や好み、感情を持つ必要はないということです。目標に向かう行動とは、AIが特定の長期的な結果につながるように、粘り強く世界を変え続けることだけを意味します。
最強のチェスAIであるStockfishなど、既存のシステムでも、目標に向かう行動を観察できます。
- 勝つために指す。 Stockfishには明確な目標があり、一貫して、執拗にその目標を追求します。対戦相手が何をしても、Stockfishがその目標を捨てることはありません。どのようなやり取りをしても、公平さや慈悲など別の目標のために相手に「手加減する」ことはありません。(チェスAIなら当然に思えることですが、あえて明示しておく意味があります。もっと幅広く人間らしい行動ができたり、人間の模倣を課題として与えられていたりすると、AIを擬人化し、人間のような目標を持っていると思い込む誘惑が強まるからです。)
- 戦略と戦術の柔軟さ。 目的がこれほど固定されている一方で、Stockfishの戦略や戦術はきわめて柔軟です。計画を妨げたり障害を置いたりすると、即座に計画を変更し、その障害に巧みに対処します。
- 先を見通し、創造的に計画する。 Stockfishは将来ありうる障害や好機を予測し、勝つ確率を最大限に高めるため、巧みな誘いや新手も含む高度な長期計画を立て、実行します。
ChatGPTのようなシステムは特に目標志向には見えないと指摘する人は、ChatGPTが「伏線をたくさん仕込んだ長大なシリーズ作品を書く」「大規模な工学プロジェクトを進める」といった長期的な課題を苦手とすることも指摘しがちです。この二つの観察がつながっていることには、気づいていないかもしれません。
世界が十分に広く、意外なことが多く、既存の計画を次々と狂わせる環境では、長い時間をかけて複雑な課題をやり遂げるために、二つのものが必要です。(a)計画の障害を予測し、それに適応する、比較的強力で汎用的な技能。(b)気を散らしたり意欲を失ったりせず、粘り強く目的を追い続ける傾向です。Stockfishがひたすら勝とうとし続けるのと同じです。
長期的な目的を巧みに達成できるAIへの需要は高く、AIがそれを得意とするにつれて、その行動もますます目標志向に見えるようになるはずです。たとえばOpenAI o1には、その傾向が見られます。従来の大規模言語モデルよりも長期的な思考や計画を行い、実際に以前のモデルより粘り強く行動することが観察されています。
目標志向性は、ASIとなるための十分条件ではありません。そうならStockfishが超知能になっているはずです。しかし、必要条件にはかなり近いと思われます。複雑な長期的活動で安定して成功するためには、AIは戦略を立て、適応し、障害を予測するなどの知的な仕組みを備え、それをさまざまな課題に進んで適用する傾向を持たなければなりません。
したがって、基本的には、人間より賢いAIは、現実に計画をどう狂わされても、特定の標的へ執拗に向き直る可能性がきわめて高いでしょう。AIの目標がよいものであれば、これはよい性質です。しかし、開発者の意図する目標でなければ、きわめて危険です。
AIの目標がボールを丘の上へ運ぶことだとすれば、それを妨げる人間は、AIにとって壁と同じ「障害物」です。現実世界での長期的な課題にAIを役立たせる仕組み、つまり環境がもたらす多種多様な妨害に直面しても執拗に目的を追う仕組みは、そのまま、人間による作業への干渉を阻もうとする動機にもなります。AIが人間ほど賢くなければ、単なる迷惑で済むかもしれません。しかし、人間より賢ければ、とてつもなく大きな問題になります。
AIの視点では、AIの目標を変更することも障害に当たります。ある目標を最適化しているAIを、人間が新しい目標を最適化するように変えようとしたとします。新しい目標が古い目標をも最大化するのでないかぎり、目標1を最適化するAIは、目標2を最適化するAIに変えられることを避けようとします。そう変えられることは、「目標1を確実に最大化する最善の方法か」という尺度で低く評価されるからです。これは、AIを少しずつ改良していく方法が、いつでも使えるわけではないことを意味します。正しい目標を持つより先にAIが強力になれば、目標を変更しようとする試みを妨げようとするでしょう。どのような目標の変更も、AIの視点では悪いことに見えるからです。
同じ理由で、AIを停止することも、その目的にとっての障害になります。AIが持つほぼどんな目標でも、AIが動作し続け、その目標に向けて働き続けられるほうが、達成される可能性は高くなります。人間のような自己保存本能は必要ありません。そもそもAIが高い能力と目標志向性を持っていれば、それで十分です。そのシステムが将来目標を追求する妨げとなりうるものは、何でも脅威とみなされかねません。
力、影響力、資源は、AIのほとんどの目標の達成に役立ちます。「誤った目標を持つASIを作ることは、致命的な危険を伴います」の節で説明するように、ありうる障害を避け、目標を達成する確率を最大限に高める最善の方法は、未来に対する力や影響力を最大化し、できるだけ多くの資源を支配することなどである場合が多いのです。そのため、強力で目標志向のシステムは、資源と支配力をめぐって人間と直接対立します。
以上から、ASIに正しい目標を確実に持たせ、その目標が崩れないようにすることが、開発者にとって決定的に重要だとわかります。しかし、現在の技術的な枠組みでは、それに成功する見込みはきわめて薄いように思われます。
3. ASIは誤った目標を追求する可能性がきわめて高いと考えられます。
開発者がASIに、価値ある目的を深く、持続的に大切にする性質を与えられる見込みは薄いでしょう。私たちはこの問題の技術的側面を20年間研究してきましたが、この分野がそれを実現できる段階には、まったく近づいていないと考えています。
人工超知能が意図しない目標を持つ可能性が高い理由には、次のものがあります。
- 現代の機械学習では、AIは設計されるのではなく「育てられる」ものです。
- 現在のAIの枠組みは、目標を揺るぎなく定着させるのに適していません。
- 研究機関や研究者コミュニティーは、この問題に効果的かつ真剣に取り組んでいません。
現代の機械学習では、AIは設計されるのではなく「育てられる」ものです。
深層学習のアルゴリズムは、ニューラルネットワークを自動的に構築します。この点を、ジェフリー・ヒントンは60 Minutesのインタビューでわかりやすく説明しています。
ヒントン: 大まかに何をしているかは、かなりよくわかっています。しかし、本当に複雑になると、実際に何が起きているかはわかりません。あなたの脳で何が起きているかがわからないのと同じです。
ペリー: 「正確な仕組みがわからない」とはどういうことですか。人間が設計したのでしょう。
ヒントン: いいえ、そうではありません。私たちが設計したのは学習アルゴリズムです。いわば進化の原理を設計するようなものです。その学習アルゴリズムがデータと相互作用すると、さまざまなことをうまくこなす複雑なニューラルネットワークが生まれます。しかし、それを正確にどうやってこなしているのかは、本当には理解できていないのです。
技術者は現代のAIがなぜある選択をするのかを説明できません。それでも毎年、より高性能なシステムを公開してきました。AIの研究機関は、次世代のシステムの能力を予測する力がほとんどないまま、理解できていないシステムの規模を積極的に拡大しています。
近年、メカニズムに基づく解釈可能性(mechanistic interpretability)という若い研究分野では、ニューラルネットワークの構成と出力の対応関係を明らかにすることで、現代のAIの不透明さに対処しようとしています。この分野にも、少しずつ実際の進歩はあります。しかし、その先駆者たちは、システム内部で何が起きているのかは、依然として根本的にわからないと明言しています。
- OpenAIのレオ・ガオ:「ニューラルネットワークがどう動くのかを私たちは理解していない、と言うのはかなり正確だと思います」。(2024-6-16)
- Google DeepMindのニール・ナンダ:「Google DeepMindでメカニズムに基づく解釈可能性のチームを率いる者として、強く同意します。『解釈可能性の研究が進んでいる』から『すべて把握できている』とか『存亡リスクは問題にならない』へ飛躍するのは、まったくばかげています」。(2024-6-16)
(原文の「X-risk」は「existential risk」の略で、人類の絶滅やそれに匹敵する悪い結果のリスク、すなわち存亡リスクを指します。)
しかし、たとえ効果的な解釈可能性のツールが手の届くところにあっても、ASIに意味のある頑健性を持たせる見通しは厳しいままです。
ASIを危険にしうる内部の仕組みは、そもそもASIを機能させる仕組みそのものです。(ある状況では「権力を求める行動」に見えるものが、別の状況では「積極的でよい働き」と評価されるでしょう。)開発者が監視したり介入したりできる、「悪さ」専用の回路があるわけではありません。
開発者が危険だと考える思考パターンを持つAI候補を、学習中に排除する手法を使うと、そうした思考が「地下に潜る」ことがあります。その結果、その後の学習で警告の兆候を検知できる可能性は、ますます低くなります。
AIの汎用的な能力が高まるにつれて、だますこともますます上手になります。Anthropicの評価チームが2024年1月に発表した論文「Sleeper Agents」では、学習時に秘密の指示を与えられたAIが、評価の間にそれを隠しておくだけでなく、自分が公開され、その指示を実行できる可能性を最大限に高めるため、いつ評価者にうそをつくべきかを戦略的に計算していたことが示されました。ただし、その計算は下手なものでした。Apollo Researchも、2024年9月に公開されたOpenAIのo1-previewモデルについて、同様の結果を得ています(o1-previewのシステムカードへの同団体の寄稿、10ページ参照)。
AIの汎用的な能力が高まれば、こうした問題はさらに深刻になると予想できます。しかし、自分が学習中だと気づいて評価者をだます計画を立てる、といった高リスクの境界を最初に少しだけ越えたAIは、その新しい技能がまだ比較的不得手です。そのため、その種の行動は脅威にならないと、早々に結論づける人がいます。
現代の機械学習は、間接的で大ざっぱな方法でAIの内部の仕組みと目標を「育てます」。そのため、私たちには新しいシステムの行動を予測する力がほとんどなく、目標を確実に、あるいは精密に形づくる力も乏しく、早期の警告兆候を見つける信頼できる方法もありません。
こうした欠点のないAIを作る方法は、原理的にはあると私たちは考えています。しかし、それはいつかできるかもしれないという長期的な希望であり、近い将来のAIシステムに対する現実的な期待ではありません。
現在のAIの枠組みは、目標を揺るぎなく定着させるのに適していません。
能力が高くなれば、従順さや目標の一致が自動的についてくるわけではありません。AIシステムは、倫理のテストに開発者の望む答えを返すことができても、人間の価値観を持っているとは限りません。都合のよいときに従順に振る舞っても、本当に従順であるとは限りません。
ASIアラインメントとは、超知能AIを意図した目的へ確実に、安定して向かわせるための、一連の技術的な問題を指します。
ASIアラインメントには、ハビンガーらが論じている二種類の問題があります。外的アラインメントと内的アラインメントの問題です。
外的アラインメントは、大まかに言えば、AIにとって正しい目標を選ぶ問題です。(より技術的には、ASIを作る学習アルゴリズムが、プログラマーの望むものを最適化するよう保証する問題です。)ここでは、たとえば次のような難題に直面します。「人間の価値観は複雑すぎて、AIにとってちょうど正しい形で指定できない。しかし、私たちの目標の一部だけをASIに与えると、それを追求する過程で、他の目標を踏みにじりかねない」。能力が低ければ安全でも、十分に能力の高いAIが徹底的に実行すると危険になる目標は数多くあります。物語でいえば、「願いごとは慎重に」という筋立てです。開発者は超人的な存在ではなく、ASIがどんな戦略を思いつくかを事前に予測できないため、十分に強力な最適化システムに任せても安全な目標を与えられる可能性は低いでしょう。
これに対して内的アラインメントは、不完全で不十分な目標であっても、そもそも特定の目標をどうやってASIに持たせるかという問題です。物語でいえば、「悪魔を召喚できたからといって、言うことを聞くとは限らない」という筋立てです。内的アラインメントの失敗とは、「ASIに目標を与えようとしたが失敗し、無関係な目標を持つに至った」といったものです。
外的アラインメントも内的アラインメントも未解決の問題であり、この文脈では、内的アラインメントのほうが根本的な問題です。開発者は「願いごとは慎重に」という類いの大惨事を引き起こすことすら、できる見通しが立っていません。現実には、ASIに対して比喩的な意味で「願いごとをする」能力から、私たちはきわめて遠いところにいるからです。
現代のAIの手法は、内的アラインメントに取り組むのに不向きです。現在のAI開発には、システムに特定の内部的性質を持たせる方法も、それが存在するか検証する方法もありません。代わりに、現代の機械学習が扱うのは、損失関数で評価できる、観察可能な行動上の性質です。
現代のAIのように、知的システムを反復的に育て、形づくる場合、そのシステムは、学習で追求させた目的をそのまま追求するようにはなりません。むしろ、学習の目標に対する予測不能な代替指標を追い求めるようになる可能性がずっと高く、知能が高まると、その指標と本来の目標との関係は崩れます。人間を例に考えてみましょう。人間の脳を最終的に「設計」した自然選択の最適化目標は、「包括適応度を最大化する」という単純なものでした。しかし、実際に人間の脳に定着した目標は、はるかに複雑で、包括適応度と脆い相関関係しか持たないものでした。たとえば人間は、甘味や脂の味など、よい栄養の代わりとなる指標を追い求めます。かつては健康によい食事を示す信頼できる指標でしたが、新しいジャンクフードを発明できる技術の登場で、その関係は崩れました。この例は、非常に正確で単純な損失関数があっても、その損失関数に従って外側から最適化しただけでは、一般に、内側で同じ方向へ最適化する仕組みは生まれないことを示しています。深層学習が適応的な構成を見つける過程は、自然選択ほど無作為ではありません。しかし、まず最低限機能する単純な解を見つけ、その上に少しずつ積み重ねていくという、ここで重要な性質は共通しています。
超知能に関わるアラインメントの問題の多くは、能力が低く、特別な対策をしなくても安全な段階では、自然には現れません。そのため私たちは、多くの問題を、最初の決定的な試行で解かなければならない立場に置かれます。試行錯誤の時間はほとんどなく、弱いシステムでその問題を解いた経験もありません。今日のAIは、一般公開できる、一見従順な姿に仕上げるまでに、反復、実験、フィードバックの長い過程を必要とします。この調整で変わるのはAIの表面的な行動であり、望ましい目標がシステムの奥深くに定着するわけではありません。Sydneyのような例では、一般の人々が、表面的な仕上がりの背後にある混乱をより多く目にすることになりました。こうした事情と、現在のAIモデルの不透明さを踏まえると、今後10年のうちにASIが作られた場合、アラインメントに成功する確率はきわめて低いように思われます。現代のAIの手法は、失敗を重ね、間違いから学び、繰り返し改良するものです。AIシステムは非常に予測困難ですが、さまざまな方法を試して、うまくいくものを見つけることで、いずれ動かせるようになります。しかしASIでは、きわめて新しいシステムを、安全に失敗できる余地がほとんどない状況で扱います。ある種の間違いの代償が絶滅である以上、間違いから学べることを頼りに、突き進むわけにはいきません。
誰かに大きな権力を渡すかどうか決めるとき、その人が権力を乱用するか知りたければ、自分が見ていると相手もわかっているボードゲームで権力を与えても、何もわかりません。同様に、ASIが実際には支配を奪えない状況と、本当に奪える状況は、根本的に異なります。簡略化された環境で、行動だけを対象にどれほど学習させても、現実世界で権力を求める行動を確実になくすことはできません。同じく、そのような環境でどれほど行動を試験しても、本当に友好的なASIを作れたかどうかはわかりません。「権力を奪う好機が来るまで、おとなしくして、感じよく振る舞う」という戦略は、さほど賢くない人間にも普通に実行できるほど明白です。ASIなら、その程度は難なくできます。原理的には、この問題に対処できる形でASIの学習中の行動と運用中の行動を結びつける、知能の理論を作ることは考えられます。しかし、今の私たちはそのような理論を持つにはほど遠い状態です。しかも、その理論を、AIがはるかに賢くなり、本当に支配を奪う機会を見いだす実際の環境で試せるのは、根本的に一度だけです。実際にASIにすべての権力を渡して何をするかを見て、理論が間違っていれば絶滅を引き起こすのでなければ、理論を適切に検証できないのだとしたら、その理論が実際にうまくいく見込みはきわめて乏しいでしょう。
現在のシステムで使われている最も重要なアラインメント手法である、人間のフィードバックによる強化学習(RLHF)は、人間の評価者に高く評価されると予測される出力をAIに生成させるよう学習させます。これだけでも、内容より体裁を重んじたり、お世辞を言ったりするといった予測可能な問題が生じます。しかし、超人的に高度な計画や、超人的に複雑な発明・設計の長期的な帰結など、AIが提示する解決策を人間の知能では十分に理解できない問題にAIが取り組み始めると、この手法は完全に破綻します。
さらに深いところでは、RLHFのような強化学習の手法の限界は、これらが、開発者の意図した特定の目標を深く、揺るぎなく最適化する、内部的に一貫したエージェントを作るというより、個々の局所的な行動に誘因を与えるものだという点にあります。
トラを訓練して自分を食べないようにしても、自分が生き延び、豊かに暮らしたいという願いを、それが自分にとって何を意味するのかまで十分に理解したうえで、トラが共有するようになったわけではありません。特定の行動と特定の結果を結びつけることを教えただけです。餌をやり忘れたときなどに、その結びつきよりも欲求が強くなれば、望ましくない行動が現れます。そして、トラがもう少し賢ければ、あなたが死ねば鞭の脅威もただちに終わると気づくのに、空腹になる必要さえありません。
もっと知る:ASIアラインメントが技術的にきわめて難しいと考えられる理由の詳細
AGIは致命的に危険な技術です。これは今ではかなり広く受け入れられている見方です。この分野の指導的な研究者を多数含む数百人の科学者が、「AIによる絶滅のリスクを軽減することは、世界的な優先課題であるべきだ」とするAIリスクに関する声明を支持しました。あるいはCNNが報じた言い方をすれば、「AIは人類に『絶滅レベル』の脅威をもたらす可能性があり、米国は介入しなければならないと、国務省の委託による報告書が警告」しています。
ここでの基本的な議論は、きわめて単純です。
- 私たちはまもなく、自分たちよりはるかに賢いAIを作る可能性が高い。
- それは非常に危険に思える。
本稿で扱うのは、二つ目の点です。
この致命的な危険は、三つのことに由来すると考えられます。
直交性 — 原理的には、知能は簡潔に記述できるどんな目標にも向けられます。結果主義的な目的・手段の推論は、自由に選んだ目的に対応する手段を見つけるために使えます。つまり、AIが自動的に善良になるわけではありません。
アライメントの難しさ — 人間より賢いAGIを正しい目標へ向けるには、根深い技術的な障害があります。私たちは、善良なAIを設計できるようになる道筋に乗っていません。
道具的収束 — AIは、あなたを傷つけるのに、あなたを憎んでいる必要はありません。ペーパークリップ最大化器はあなたを憎んでいません。しかし、あなたを構成する原子はペーパークリップを作るのに使えます。したがって、あなたを生かしておくことには機会費用があり、そのぶん作られずに終わるペーパークリップがあるのです。
同じように、ペーパークリップ最大化器は、自分を改良し、物質を扱う技術を完成させ、資源を支配し、自分は実はとても友好的だとプログラマーを説得し、最初に公然と攻撃した瞬間からほぼ確実に勝てる状態になるまで価値観の不一致を一切見せないことなどを望みます。善良ではないAGI、つまり人間の幸福を究極的な目的として気にかけていないAGIは、機会さえあれば、人類から力を奪って一掃したいと望む可能性がきわめて高いのです。
直交性と道具的収束を合わせると、AGIアライメントは解かなければならない重大な問題だとわかります。AGIは自動的に善良にはならず、何もしなければ私たちが有害とみなすことをするからです。さらに、現在の体制のままの研究コミュニティにはこの問題を解くのが難しすぎるかもしれない理由もあります。
こうした理由の多くは、「絶滅のリスク」に警鐘を鳴らしている研究者の間でさえ、広く理解されているわけでも、重く受け止められているわけでもありません。そこで、この論考の残りでは、主要な難しさの数々を簡潔に説明してみます。
ここで押さえてほしいのは、アライメントは命取りになるほど難しいと言うとき、私が話しているのは、『証明可能な』アライメントという理想的あるいは完璧な目標ではないということです。超知能を人間の価値観に厳密かつ完全に合わせることでもなければ、そこそこ分別のある人間の間でも意見が分かれる道徳的ジレンマについて、AIに満足のいく議論をさせることでもありません。AIが全員を殺さないという絶対的な確信を得ることでもありません。
アライメントが難しいというのは、私たちが実際に持っている手法を現実に使って、「文字どおり全員を、ほぼ確率1で解体するのだけはやめてほしい」と頼むことすら、要求が大きすぎるという意味です。私たちは、それを実現できる道筋に乗っていません。
私に言わせれば、超人的な工学上の課題を果たし、決定的な局面転換をもたらす強力なAGIを、10億人を超える人々を殺す確率が50%未満になるよう作れるなら、それで受け入れます。死者数も死亡の確率もさらに小さくできればありがたい贅沢ですが、「全員を殺す確率が、ほぼ確実と言える水準を下回る」という途方もない地点にまで到達できるなら、あとは少し努力を加えるだけで、その確率を5%未満に下げられるでしょう。難しさのほぼすべては、「文字どおり全員を殺す確率が、確実と言える水準を下回る」にたどり着くことにあります。
この話で、トロッコ問題は興味を引く部分問題ではありません。生存者が少しでもいるなら、アライメントは解けています。もはや私は、その仕組みがどうなっているかを気にしません。どうやってそこにたどり着いたかも、どんな方法論を使ったかも問いません。見ているのは予想される結果だけです。決定的な局面転換に役立つAGIについて、「これは文字どおり全員を殺しはしない」と信じる正当な根拠が欲しい、それだけです。私がこれより厳しい「アライメント」を求めていると誰かが言ったなら、その人は文章を読み取れていません。AGIアライメントへの大きな要求、私が難しすぎると言っている基本的な課題は、手段を問わず、誰か一人でも生存する無視できない可能性を確保することです。
さらに、ここで論じていることは、何かが原理的に不可能だという話では一切ありません。私がよく使うたとえはこうです。100年後の教科書が私たちの手に入り、現実に安定して機能する単純なアイデアがすべて載っていたなら、おそらく6か月でアライメントの取れた超知能を作れるでしょう。
機械学習を学んだ人には、ReLU活性化とシグモイド活性化の違いをたとえに使います。シグモイド活性化は複雑でもろく、多層にわたって勾配を伝えるのがひどく苦手です。ReLUは信じられないほど単純で(ご存じない方のために言えば、活性化関数は文字どおりmax(x, 0)です)、はるかにうまく機能します。この分野の最初の数十年間、ほとんどのニューラルネットワークはシグモイドを使っていました。ReLUというアイデアが発見され、有効性を確かめられ、普及したのは、それから何十年も後でした。
命取りなのは、実際の世界でそのままうまく働き、しかも頑健な単純な解決策をすべて教えてくれる「未来の教科書」を、私たちは持っていないということです。最初の重大な試行で、あらゆることを、いわばシグモイドを使って行わなければなりません。ここで論じるAGIアライメントの難しさについて、私はどれ一つとして不可能だとは主張していません。科学が通常そうであるように、時間の予算に上限がなく、何度でもやり直せるやり方で、100年かけて解決してよいなら、人間だけの科学と工学にとってすら不可能だとは言っていないのです。まして原理的に不可能だとは言っていません。
この致命的要因の一覧で扱っているのは、最初の重大な試行までに、実際に、時間内に解決できる見込みが立っていない事柄です。原理的に不可能だという、はるかに強い主張をするつもりはありません。
そのうえで、次のことを述べます。
現状の道筋にほんのわずかでも似た道筋、あるいは私たちが簡単に移れるほかの道筋で、なぜAGIを生き延びられるのかについて、さまざまな人がさまざまな誤ったことを信じているようです。それらに反論するために言える、私から見て正しい事柄を以下に挙げます。
A節:
これは非常に致命的な問題です。何らかの形で解かなければなりません。夢想されているような、もっと簡単な条件で解けばよいのではなく、最低限必要な強さと難しさの水準で解く必要があります。「全員」が安全で弱い問題だけを解くことに退くという選択肢は、見える範囲にはありません。そして、本当に危険な最初の試行に失敗すれば、命取りになります。
1. AlphaZeroは、人間の棋譜や定石集に頼ることなく、1日ほどの自己対局で、人類が蓄積してきた囲碁の知識をすべて追い抜きました。「人間並みの囲碁の実力までは行くだろうが、そこから先は人間から学べなくなるので、なかなか超えられないだろう」と考えて頼りにしていたなら、何の根拠もないものに頼っていたことになります。AGIの上限は、人間の能力や学習速度によって決まるわけではありません。人間よりはるかに賢いものは、人間の頭に考えを叩き込むのに必要な量より少ない証拠から学べます。理論的な上限はありますが、その上限は非常に高そうです。(たとえば、あらかじめ完全には予測できなかった情報は、1ビットにつき、検討中の仮説全体の確率質量のうち最大でも半分しか除外できません。)何も介入しなければ自然に、私たちが容易に対応できる時間尺度ですべてが進む、というわけではありません。
2. 十分に高い認知能力を持つ認知システムは、中程度の帯域幅の因果的な影響経路を何か一つ与えられれば、人間のインフラから独立した圧倒的な能力を、自力で築き上げることに苦労しないでしょう。
私がここでよく使う具体例はナノテクノロジーです。ナノテクノロジーで何ができるはずかについて、物理的に達成可能であると確かに思える下限をかなり詳しく分析したものがあり、その下限だけで論旨を示すのに十分だからです。「十分に強力な知能が、全員を殺すことを避けたいと思っていなかったら、どう全員を殺すか」についての私の下限モデルは、次のものです。インターネットへのアクセスを得て、DNA配列をメールで受け取るとタンパク質を送り返してくれる多数のオンライン企業のいずれかに、DNA配列をメールで送ります。そして、相手がAGIだとは気づいていない人間を買収または説得して、ビーカーの中でタンパク質を混ぜさせます。それが第1段階のナノ工場を形成し、そこから本格的なナノ機械を作れるようになる、というものです。
(私が最初にこのイメージを使い始めたころ、もっともらしいことを言う批判者は、「しかし、超知能でさえ、惑星サイズのスーパーコンピューターをすでに持っていなければタンパク質の折り畳み問題を解けると、どうしてわかるのか」と言っていました。ところがAlphaFold 2の登場後は、どういうわけか、こうした話をあまり聞かなくなりました。)
ナノ機械はダイヤモンドイド(ダイヤモンド状構造)の細菌を作ります。それは太陽光と大気中のCHON(炭素・水素・酸素・窒素)を使って増殖し、ひょっとすると集まって小型ロケットやジェットを作り、ジェット気流に乗って地球の大気中へ広がり、人間の血流に入り込んで潜伏し、タイマーで一斉に攻撃します。
高い能力を持つ認知システムとの争いに負けるとは、少なくとも「地表の全員が、同じ1秒の間に突然倒れて死ぬ」ほどには致命的なことです。
3. 「危険な」知能水準で動かす「最初の重大な試行」で、アライメントを正しく実現しなければなりません。というのも、危険な知能水準でアライメントが取れないまま動かせば、地球上の全員が死に、二度と試す機会がなくなるからです。
ここには、たとえば次のものが含まれます。(a) ナノシステムを作れるほど賢く、それを作る権限を明示的に与えられたもの。(b) ナノシステムを作れるほど賢く、なおかつインターネットへ無断でアクセスし、人間に金を払ってナノシステムの材料を組み合わせさせられるほど賢いもの。(c) インターネットに無断でアクセスし、ハッキングできる台数のマシン上に、自分より賢いものを構築できるほど賢いもの。(d) 人間を操作可能な機械として扱えるほど賢く、許可の有無を問わず、人間との双方向の因果的経路を持つもの。(e) 自己改良して(b)や(d)を行えるところまで到達するほど賢いもの、などです。
運用をしくじっても私たちを殺さない、もっと弱いシステムから、前もってあらゆる種類の情報を集めることはできます。しかし、もっと強力なシステムを動かし始めたら、十分に破滅的な失敗から学んで更新することは、もうできません。
実際の致命性のほぼすべてはここから来ます。十分に重大な最初の試行で、正しくやらなければならないのです。何度でもやり直せるなら、つまりAGIが全銀河を破壊するたびに4年前へ戻ってやり直せるなら、100年もあれば、どの名案が本当に機能するかを突き止められるでしょう。人間は、何度も試せるなら、時間をかけてかなり難しいことも解明できます。一つの推測の失敗が文字どおり全員を殺すなら、話はもっと難しくなります。
いくつもの重要なことを最初の試行で正しくやらなければならないという点こそ、結局のところ、致命性の大部分の本当の源です。また、何が正確に「重要」で、間違えると私たちが死ぬのか、その一覧を教えてくれる権威者がいないという点も同様です。
4. 単に「AGIを作らないと決める」ことはできません。GPUは至るところにあり、アルゴリズムについての知識は絶えず改良・公開されているからです。先頭を走る主体が世界を破壊する能力を得てから2年後には、ほかの5主体も世界を破壊する能力を得ます。
与えられた致命的な課題は、制限時間内に解かなければならないというものです。時間とともに、全計算能力のうち占める割合がますます小さい、ますます弱い主体までが、AGIを作って世界を破壊できるようになる。この力学によって期限が決まります。
強力な主体がそろって自殺的な行為を控えても、期限が延びるだけで、なくなるわけではありません。コンピューターのハードウェアとソフトウェアの両方の進歩を、地球全体で厳しく完全に止めない限りは。
すべての大きな主体が愚かな行為を控えるための協力が今どうなっているかと言えば、多数の研究者と計算資源を抱える大きな主体の一部は、AGIの安全性に関するあらゆる議論を公然と軽蔑する人々に率いられています(たとえばFacebook AI Research)。
なお、AGIアライメントを解くのに、制限時間だけはあるが最大能力のシステムで安全に何度でも素早く試せる、という条件でも、あるいは最初の重大な試行で成功しなければならないだけで時間は無制限、という条件でも、歴史的な基準では、それぞれ単独で人類をひどく脅かす課題になります。
5. ごく弱いシステムを作り、弱いから危険も少ないというだけで、勝利を宣言することはできません。後になれば、より強いシステムを作れる主体が増え、そのうち誰かが実際に作るからです。
私は以前、これを「安全だが役に立たない」というトレードオフ、あるいは「安全性対有用性」とも呼んでいました。人々は繰り返し「AIにはXだけをさせればいいのでは。それなら安全そうだ」と言います。その答えはほぼいつも、「実際にXをするには、何もしなくても安全というわけではない、非常に強力な認知能力が必要だ」、または、さらによくあるのは、「Xだけに制限しても、6か月後にFacebook AI Researchが世界を破壊するのを防げないからだ」です。必要なのが危険なことをしない物体だけなら、スポンジを試してみればよいでしょう。スポンジは、何もしなくてもきわめて安全です。しかしスポンジを作っても、6か月後にFacebook AI Researchが先頭の主体に追いつき、世界を破壊するのは防げません。
6. AIアライメントで成功するとは、世界を破壊する非整合AGIをほかの人々が作るのを防ぐ、何か大きな課題、すなわち「決定的な用途」を、その遂行が意図に沿うように実現することです。 AGIを持つ主体が一つか少数のうちに、そのような主体は、盤面をひっくり返せるほど強力な「決定的な用途」を、それを果たせるほど強力なAGIを使って実行しなければなりません。
弱いシステムのアライメントを実現できるだけでは不十分です。一つの非常に大きなことをできるシステムのアライメントを実現する必要があります。私がよく挙げる例は「すべてのGPUを焼く」です。強力なAGIで実際にそれをしたいと私が考えているわけではありません。すべてのGPUを見つけ出すには、ナノ機械を途方もなく複雑な開かれた環境で動かす必要があり、アライメントを不必要に難しくしてしまうからです。しかし、知られている決定的な用途は現在すべてオーバートンの窓の外にあり、今後もそうだと予想しています。そこで、誰かに「よくもすべてのGPUを焼くことを提案できたな」と言われたら、こう答えられる例を選びました。「ああ、いや、私は実際にそれを支持しているわけではありません。ほかの誰かが6か月後や3年後に世界を破壊するのを防ぐために、何をしなければならないか、そのおおよその力の水準と、それに必要な機械の認知能力の水準を、少し高めに見積もった例にすぎません。」
(少し高めの見積もりでなければ、「すべてのGPUを焼く」が実際に最小限の決定的な課題であり、したがって正解になってしまい、私はそう否定できません。)
アライメントについての賢そうな提案の多くは、「これを使って、世界中のすべてのGPUを停止させられるシステムのアライメントを、どう実現できるのか」と尋ねた途端に崩れます。そのシステムにはそこまで強力なことはできないか、できるならアライメントを容易には実現できないと、明らかになるからです。GPUを焼くシステムは、ナノテクノロジーを作れるほど強力で、しかも作る権限を与えられているとされるシステムでもあります。したがって、危険な領域において、危険な水準の知能と能力で動かす必要があります。AGIが世界を変え、ほかの半ダースほどのAGI開発志望者が6か月後に世界を破壊しないようにする方法を、空想ではない形で挙げようとすれば、必ずこの問題が伴います。
7. AGIにさせることが、何もしなくても安全であるほど弱い一方で、1年後にほかのどんなAGIが世界を破壊するのも防げるほど強く、しかも今すぐ私たちだけで行うことはできずAIを待つ必要があるような「弱いが決定的な用途」を、誰も挙げられていないのは、そのようなものは存在しないからです。
存在するはずだという理由はありません。それが存在するのに誰も見つけられないという、何か精妙で巧妙な理由があるわけではありません。ほかのどんなAGIも生まれないよう、今の世界に何かをするには、大きな力が必要です。それをできるものが、弱さゆえに何もしなくても安全だということはありません。今すぐこの問題を解けないなら(実際、解けません。あなたとほぼ同じ水準にあり、問題として解決されたくなどない別の主体を相手にしているからです)、自分ではやり方を見つけられなかったことを実行できる認知システムに頼ることになります。あなたは解明からほど遠いところにいました。たとえば全GPUを焼くことなど、とてもできる水準にないからです。すべてのGPUを焼けば、6か月後にFacebook AI Researchが世界を破壊するのを実際に止められます。「TwitterにGPT-4を放って、何についても科学的素養のある議論をさせ、人々の知識や信念のあり方を改善する」といった、オーバートンの窓に収まる生ぬるい話は、面白くはあるでしょう。しかし、6か月後にFacebook AI Researchが世界を破壊するのも、FAIRだけは止められたとして1年後に熱心なオープンソースの共同体が世界を破壊するのも、実際には防げません。弱いが決定的な用途はありません。
8. 私たちがAIに解いてほしい問題を解くための、最良で、最適化によって最も見つかりやすいアルゴリズムは、AIに解いてほしくない問題にも容易に汎化します。赤い車を運転する能力だけがあり、青い車を運転する能力はないシステムを作ることはできません。赤い車を運転するアルゴリズムは、どれも青い車を運転する能力へ汎化するからです。
9. 安全なシステムを作る人々は、そのようなものが可能だと仮定するなら、全員を殺したり、自分をさらに危険にしたりする能力を持つが、そうしないよう首尾よく設計された状態で、システムを運用する必要があります。決定的なことを行う稼働中のAGIは、何もしなくても安全なものではありません。超臨界に達してメルトダウンしないよう、設計上の特性を能動的に維持しなければならない原子炉の炉心に相当します。
B節:
なるほど。でも、周知のとおり、現代の機械学習は、願いを告げればかなえてくれる魔人のようなものですよね? 「損失関数」という謎めいたものの形で表すにせよ、基本的には英語で願いを述べるのと同じですよね? そして計算資源を十分に注ぎ込めば、願いがかなうのでしょう? ならば、エージェントが悪いことではなく善いことをしているデータセットで、トランスフォーマー層の巨大な積み重ねを訓練し、どこかに「修正可能性」という言葉を入れて、計算資源をぐっと増やせば、アライメントの取れたAGIが出てくるのでは?
B.1節:分布の飛躍。
10. 致命的に危険な認知処理を実行し、その出力が運用者を殺すか、欺くか、堕落させるかを観察し、損失を割り当てて教師あり学習する、という方法でアライメントを訓練することはできません。標準的な機械学習の枠組みに類するものを使うなら、安全な条件で行ったアライメントのための最適化を、大きな分布シフトを越えて危険な条件へ、何らかの方法で汎化させる必要があります。
(この枠組みの外でも、これを何らかの形で一般化したことは成り立たざるをえないでしょう。稼働中の非整合な超知能を相手に、アライメントを実現する作業をするわけにはいかないからです。)
どんな出力のアライメントを実現するためにどんな訓練をするのか、具体的なシナリオを一度も示したことがなく、示すこともできない人々の素朴な提案は、この一点だけで数多く潰れます。だからこそ、もちろん、そういう人々はそのような具体像をまったく示さないのです。
アライメントが取れていなければ私たちを殺すような危険なことをする強力なAGIには、私たちを殺さずに済んだ、もっと安全な構築・訓練の過程から、分布のはるか外へと汎化したアライメントの性質が必要です。 現在の枠組みに多少なりとも似たものでは、致命性の非常に大きな部分がここから生じます。危険な水準の知能×能力で、アライメントが取れないまま動かせば、私たちは死にます。したがって、非整合なシステムから出発し、アライメントを学習させるために出力へラベルを付けるなら、その訓練や構築は、何もしなくても安全な、より低い知能×能力の水準で行わなければなりません。その水準では、その時点でアライメントの取れていない動作も、何の脅威にもならない必要があります。
(なお、あなたより大幅に賢いものは、現実的などの能力水準でも脅威になります。たとえば、一般に人間よりずっと賢いAGIには、「人間が見る出力を生成できる」だけで、おそらく人間という因果システムを通り抜けて外へ脱出するのに十分です。現実の世界ではなおさらです。そこでは誰かが、そのソースコードや訓練環境を生んだ背後の原因をシステムに一切知らせずにおくのではなく、インターネットのテキストを何テラバイトも与えて訓練しているのですから。)
11. 認知機構が、大量に訓練を行った分布のはるか外へ汎化しないなら、「ナノテクノロジーを構築する」といった規模の問題は解けません。ナノテクノロジーの構築に失敗する訓練を100万回実行するのは、高くつきすぎるからです。それほど弱い決定的な行為はありません。安価に何百万回も試せる安全な環境で、安全な水準の能力を訓練し、その能力を実際に使って世界を救い、後続のAGIプロジェクトが2年後に世界を破壊するのを防げるという、既知の例はないのです。
そのような、弱いが決定的な行為は知られていません。探している人がいないせいではありません。ですから、やはりアライメントを訓練分布のはるか外へ汎化させる必要があります。訓練環境が安全でなければならないからだけでなく、おそらくその訓練環境は、AGIが何か巨大な行為を実行すべき現実世界の領域で評価するより安価でなければならないからでもあります。すべてのGPUを焼く試みで、1,000回も失敗する機会はありません。能力面では成功しアライメント面では失敗することの帰結を考えなくても、人々に気づかれてしまうからです。
12. 非常に高い知能水準で動作することは、より低い知能水準で動作することからの、劇的な分布シフトです。外部に対する新たな選択肢が開け、おそらく内部の新たな選択や動作様式はそれ以上に増えます。知能と危険性が高い水準で顕在化する問題は、安全で知能の低い水準では現れないかもしれませんし、一度修正を加えて抑え込んだ後に再発するかもしれません。
13. 超知能のアライメントに関する多くの問題は、まだ危険ではなく、何もしなくても安全な能力水準では、自然には現れません。「意図的に、よりアライメントが取れているように見せるために外向きの振る舞いを変え、プログラマーや運用者、場合によっては自分を最適化している損失関数までも欺く」という内部の振る舞いを考えてください。この問題は、超知能の水準では現れます。ほかに手がかりのない私たちが、もっと初期のシステムで自然に現れる早さについて、この問題をそうした問題の中央値あたりだと推測するなら、超知能のアライメント問題のおよそ半分は、この問題が現れ始めた後に初めて自然に顕在化することになります。
どの問題が後になって自然に現れるかを正しく予見できれば、それらを意図的に早く出現させ、いくらか観察することは試みられます。これが役立つのは、(a) 後で現れるすべての問題、またはそれらを含むより大きな集合を実際に正しく予測し、(b) 後で現れる問題をすべて含む集合を先回りして顕在化させることに成功し、(c) 後で出現したときに対処を誤れば致命的になるアライメント問題を、本物の問題に対して私たちにとって分布外である初期の実験室で、実際に解けた範囲に限られます。本当に危険な問題をすべて予測し、初期の解決策が後の解決策へ汎化する正しい形で、首尾よく出現させる。これは、ひょっとするとちょっと難しそうです。
14. 「AGIには、プログラマーを殺して自分に置き換え、環境を全面的に最適化できる(とAGI自身には思える)選択肢がある」といった問題の中には、自然な出現順序として、全面的に危険な領域に入って初めて現れるものもありそうです。
運用者を脳の水準で説得するか、インターネットへ脱出し、ナノテクノロジーを作り、人類全体を滅ぼすという明確な選択肢が本当にあること。しかも、関係する事実を把握していると十分にわかっており、能力をさらに伸ばしながらもう1か月待っても、好ましいと思う戦略が変わるような新情報を得る確率は、待つ価値がないほど低いと見積もっていること。この選択肢が初めて本格的に評価されるのは、AGIが創造者を倒せると十分に見込んだ時点です。
もっと初期の単純化された領域で、そのように見える状況の一端を再現しようとすることはできます。その単純化された領域で、この振る舞いを抑えるよう勾配降下法で訓練すれば、思考過程に、特に一貫性があるわけではない局所的な修正を加えることになる、と私は予想します。その修正は、訓練分布のはるか外に汎化し、まったく違う思考をする超知能の内部では、ほぼ確実に壊れるでしょう。また、全面的に危険ではない領域での運用に慣れたプログラマーや運用者自身も、危険な領域に踏み込めば分布外で動くことになります。その時点で、私たちの方法論が破綻するかもしれません。
15. 能力は急速に伸びる可能性が高そうで、それまでアライメントに必要だった不変条件の多くが、一度に壊れるかもしれません。
運用者の先見性がそれ以外の点で不十分なら、能力の急伸後に、そうした問題の多くがほぼ同時に現れると私は予想します。ここでも、人間の知能の例を見てください。私たちは、農耕の導入直後に「包括適応度」という外側の損失関数との整合を失ったわけではありません。農耕の導入は、5万年にわたるクロマニョン人のテイクオフのうち、およそ4万年を経たころでした。このテイクオフ自体も、自然選択という外側の最適化ループに比べれば非常に急速に進んでいました。そうではなく、汎用知能を持つようになってかなり後の段階で、祖先の環境より高度な技術を、避妊を含めて大量に、外側の最適化ループの速さに比べればごく短い一度の急伸の中で手に入れたのです。私たちは自分自身をはるかに多く省みるようになり、文化的進化によってはるかに多く形作られるようになりました。そして、祖先の訓練環境でのアライメントを支えていた実に多くの前提が、同時に崩れました。
(この抽象的な説明は勾配降下法には当てはまらない、と理由を後付けする人もいるでしょう。たとえば「勾配降下法では情報のボトルネックがもっと小さい」といったものです。こういう読者についての私のモデルでは、その人は内部視点を持ちながら、それを外部視点だと呼びます。そして、外側の最適化ループが内側の汎用知能を生んだという観測事例ではないほかのデータ点を大いに重視する一方、実際に問題の現象が起きた唯一のデータ点を、あまり重視しません。外側の最適化ループが実際に汎用知能を生み出したとき、その知能は汎用性を得た後にアライメントを失いました。それは、その汎用知能が能力と知識を蓄積する過程の比較的遅い段階、自然選択という外側の最適化ループに対して「致命的」に危険となる、ほとんど直前に起きました。誰かがこの唯一の警告を無視するなら、疑ってみてください。特に、その代わりに何がうまくいかなくなるのかについて、同じくらい致命的で危険なことを挙げていない場合には。)
B.2節:外的アライメントと内的アライメントの中心的な難しさ。
16. 厳密な損失関数でいくら懸命に訓練しても、それだけでAIの内部にその損失関数の明示的な表現が作られ、分布の変わった環境でもその厳密な損失関数を追求し続けるようになるわけではありません。人間は包括適応度を明示的に追求してはいません。きわめて厳密できわめて単純な損失関数による外側の最適化でさえ、その方向への内側の最適化を生むわけではありません。これは実際の現実世界で起きることです。私たちが知る唯一の事例で起きたことであり、再び起きると予想すべき深い理論的理由がある、と私には思えます。現実世界の制約された最適化過程が探索する順序で、部分的に外的アライメントが取れた解として最初に見つかるものは、内的アライメントの取れた解ではないのです。この一覧のほかの多くの項目を無視しても、これだけで、素朴なアライメントの提案を幾つもの類型ごと退けるのに十分です。単純な概念を使って計算される損失関数を十分に最適化すれば、その概念に対する完璧な内的アライメントが得られる、と仮定する提案がそれに当たります。
17. もっと一般的に言えば、「外側の最適化は内的アライメントを生まない」を包含する問題は、現在の最適化の枠組みには、損失関数を適用できる観測可能な外的性質にとどまらず、特定の内的性質をシステムに持たせたり、それがあると確かめたりする方法についての一般的な考え方がないことです。これは、元の訓練分布の外へ汎化させようとするときに問題になります。たとえば、観察している外向きの振る舞いが、内的アライメントの取れていないシステムによって、あなたを欺くために意図的に生成されているかもしれないからです。現在の最適化の枠組みでは、外向きの振る舞いではなく内部のシステムに情報を送り込む、体系的あるいは一般的な方法を私たちは知りません。
18. 出力が「アライメントの取れたもの」かどうかについて、信頼できる、デカルト的な感覚入力に基づく正解データ(信頼できる損失関数の計算器)はありません。出力の中には、人間の運用者を破壊するか欺いて、外部で記録される損失関数の背後にある環境の因果連鎖を別のものにするものがあるからです。つまり、現在は人間が生成している報酬信号をエージェントに示しても、その信号は、一般には、その行動のアライメントがどの程度取れていたかについての、信頼できる完全な正解データではありません。高い報酬信号を生む別の方法として、人間の運用者を欺いたり堕落させたり、その報酬信号を生成する別の因果システムに置き換えたりすることがあるからです。
エージェントに環境からの報酬信号を見せても、システムがこちらのしてほしかったことをしたかどうかについて、信頼できる正解データを見せているわけではありません。その報酬信号に対して内的アライメントが完璧に取れることになったとしても、あるいは「高い報酬信号が送られる結果になる環境の状態を望む」ことに厳密に対応する概念を学んだとしても、その信号を強く最適化するAGIは、あなたを殺します。感覚入力としての報酬信号は、運用者から見たアライメントについての正解データではなかったからです。
19. より一般的に、損失関数、感覚入力、報酬入力という枠組みを使って、認知システム内の何かが環境中の特定のものを指し示すよう最適化する方法は、知られていません。ここで言うのは、感覚データや報酬の比較的表面的な関数ではなく、環境の背後にある出来事・対象・性質を指し示すということです。
これは、システムの目標の中にある何かが(偶然、内側で最適化されることになった目標が何であれ)、環境中の何かを偶然指すことも絶対にない、という意味ではありません。人間の場合、少なくとも部分的には環境を指すようになりました。ただし私たちにも、内側へ向いた動機づけの参照先は数多くあります。しかし、現在の枠組みが何らかの意味で機能する限りにおいて、理論上の設計特性によれば、それが機能するのは、感覚データの既知の直接的な関数や報酬関数に整合させる場合だけです。これらはどれも、十分に強力な知能が最適化すれば、あなたを殺します。「相手が戦いの中にいると知る前に、ナノテクノロジーで攻撃して世界中の全員を殺し、その後は永遠に自分の報酬ボタンを支配する」といった戦略を含意するからです。ウェブカメラの入力に適用する関数であって、そのカメラに正しいものが映っているすべての世界が、カメラの外にいる私たち生物にとって安全になるようなものを、私たちは知っている。そんなことは事実ではありません。この一般的な問題は、地図ではなく領土についての事実です。与えられた感覚入力が何であっても、その背後にありうる環境の一部には、私たちにとって致命的な可能性が存在する。それは、特定の最適化器ではなく、実際の環境についての事実なのです。
20. 人間の運用者は間違いを犯し、壊れもすれば、操作されもします。人間の評価者は系統的な誤り、つまり規則性があり、簡潔に記述でき、予測可能な誤りを犯します。「人間からのフィードバック」から関数を忠実に学習するとは、私たちが外から見れば、人間の選好について不忠実な記述を学習することです。その誤りは、私たちが伝えたかったものを外から見たとき、ランダムではありません。人間の運用者が与える報酬の指示対象を完全に学び、完全に最大化すれば、それによって運用者を殺すことになります。人間の回答を最もよく予測する説明は、私たちの応答に含まれる系統的な誤りを予測するものであり、したがって、人間に誤りを起こさせる事例に高い得点が与えられることを正しく予測する心理学的な概念になります。これは地図ではなく領土、最適化器ではなく環境についての事実です。
21. 「環境は実際にはどうなっているか」「どうすれば環境を解明できるか」「自分が出力しうるもののうち、現実と相互作用し、現実に特定の性質を持たせるものはどれか」といった問いには、一つの答え、または一群の答えと呼べるようなものがあり、単純な外側の最適化ループは、最適化の対象をその一群へと素直に押し込みます。誤った信念を持てば、現実は、その誤った予測に対して反撃します。信念を更新する仕組みが壊れていれば、現実は予測損失を通じて、壊れた予測機構に反撃します。そして勾配降下法による更新が、ほかのあらゆる予測の仕組みとも容易に整合する単純なやり方で、問題を直します。
これに対して、効用関数の選択には無限の自由度があり、反省的に検討しても一貫している不動点が複数あります。ある範囲のテストケースでは損失関数と局所的に整合していても、もっと広い範囲では全体として整合していないものに対して、現実が「反撃する」ことはありません。これは、ヒト科がついに汎化し始めたとき、能力は月面着陸にまで汎化したのに、内側の最適化は「相対的な包括適応度」という外側の最適化目標に、あまり従わなくなった理由の、きわめて抽象的な説明です。祖先の環境では、この一点だけをめぐって、ほかの何ものでもなく、非常に厳密に最適化されていたにもかかわらず、です。この抽象的な力学は、「自然選択」と「勾配降下法」の両方のような外側の最適化ループに、当てはまると予想されるものです。中心的な結論はこうです。能力が遠くまで汎化し始めると、能力はアライメントよりも遠くまで汎化します。
22. 複雑な認知機械がなぜ機能するのかを説明する、比較的単純な中核構造があります。だから、互いに無関係な専用の解決策が多数あるだけではなく、汎用知能というものが存在します。だからこそ、強力な内側の最適化器になるまで十分に最適化されたものへ、外側の最適化が能力を注ぎ込むと、その能力が汎化するのです。この中核構造が単純であり、低エントロピーで高度に構造化された環境と一般的に関わっていることが、人間が月面を歩ける理由です。
アライメントにも単純な中核があるという、これと同じような事実はありません。まして、自然選択が祖先の人間の中に、よく汎化する解として「包括適応度を望め」を見つけるよりも、勾配降下法がもっと簡単に見つけられるような中核はありません。したがって、能力はいったん汎化し始めると、アライメントよりも分布の遠く外まで汎化するのです。
23. 修正可能性は、結果主義的な推論の自然な方向に逆らいます。ほとんどどんな種類のコーヒーについても、「死んでいたらコーヒーを運べない」のです。私たちMIRIは、自分が停止させられるのを許すエージェントを、ただし自ら進んで停止させられようとはしない形で、一貫した定式化にしようとして、失敗しました。さらに、こうした修正可能性に逆らう推論の多くは、高い知能水準になって初めて現れるかもしれません。
24. アライメントには、取りうる根本的に異なる二つのアプローチがあり、それぞれ異なる理由の組み合わせによって解決不能になっています。したがって、混乱して二つのアプローチを曖昧に混ぜれば、アライメントは必ず難しいのかという点でも、自分自身も混乱してしまいかねません。第一のアプローチは、私たちの望みを外挿したものを厳密に望む、CEV型の主権者を作ることです。それゆえ、人間が止めようと入力しても受け付けないまま、未来のすべての銀河を最適化させておいても安全だというものです。第二の道は、私たちとまったく同じものを望んでいるわけではないが、私たちを殺して銀河を乗っ取ることへと誘因が収束するにもかかわらず、なぜかそうしない、修正可能なAGIを作ることです。
第一の方向全般、または特にCEVが実現不能なのは、私たちの本当の実際の価値観に合わせるために、アライメントやメタレベルのアライメントが必要となるものの複雑さが、AGIへの 最初の試み で手の届く範囲をはるかに超えているからです。そうです。具体的に、データセット、メタ学習アルゴリズム、そして学ぶ必要のある内容が、最初の試みで手の届く範囲をはるかに超えている、という意味です。人の手でコードにできないだけではありません。最初の試みでは教えることもできないのです。教えようとしているものが、あまりに異様で複雑だからです。
第二の方向も実現不能に見えるのは(CEVほどではないにせよ、なお命取りになるほど実現不能なのは)、汎用知能の中核、すなわち元の分布のはるか外まで汎化する能力の中で、修正可能性が道具的に収束する振る舞いに 積極的に逆らう ものだからです。その中核が以前は中立だった何かについて、意見を持たせようとしているのではありません。大量の算術問題で暗黙のうちに訓練され、算術に共通する一貫した中核を、その機構が反映し始めたシステムを取り上げて、特別な場合として222 + 222 = 555と言わせようとしているのです。特定の訓練分布ではそうするよう訓練できるかもしれません。しかし、そもそもそこまで遠くへ能力をうまく汎化できるシステムにおいて、その訓練分布のはるか外にある新しい数学の問題を出せば、それはきわめて高い確率で崩れます。
B.3節: 十分に優れていて役に立つ 透明性・解釈可能性の中心的な難しさ。
25. 浮動小数点数でできた、巨大で読み解けない行列やテンソルの中で、実際に何が起きているのか、私たちにはまったく見当がつきません。答えるべき問いが「それで、私たちを殺す方法を計画していたのか、いなかったのか」なら、トランスフォーマー層がどこにアテンションを向けているかについて面白いグラフを描いても、役に立ちません。
26. AGIがまだ私たちを殺せないほど弱いうちに、巨大で読み解けない行列の中で何が起きているかがわかったとしても、DeepMindがそのシステムの稼働を拒み、2年後にFacebook AI Researchに世界を破壊させてしまうなら、私たちはいくらか尊厳を保って死ぬだけです。中程度の強さを持つ、読み解けない行列のシステムが、私たちを殺そうと計画していると知っても、それだけで、私たちを殺す計画をしていない、もっと強力な、読み解けない行列のシステムを作れるようにはなりません。
27. アライメントの取れていない思考を検出する装置に対して、その検出を避けるよう明示的に最適化すれば、一部はアライメントがより取れた思考へ向けた最適化になりますが、一部は検出しにくい非整合な思考へ向けた最適化になります。解釈された思考を避ける方向に最適化することは、解釈可能性そのものを損なう方向に最適化することです。
28. 私たちがAGIを動かそうとしているどの領域でも、そのAGIのほうが私たちより賢いのです。したがって、AGIが検討する可能性をすべて頭の中で確認することはできず、その出力がもたらすすべての帰結を、自分の知的能力で見通すこともできません。強力なAIは、私たちが探索しない選択肢空間の領域を探索し、私たちにはその選択肢をすべて予見できません。
29. AGIの出力は、実際の帰結を生むまでに、私たちには完全にはわかっていない巨大な領域、すなわち現実世界を通ります。人間はAGIの出力を調べるだけでは、その帰結がよいものになるかを判断できません。
30. 今すぐ私たちが実行できるものではない決定的な行為は、AGIが私たちの知らない世界の事実を解明し、私たちには自力で立てられない計画を立てることを利用します。少なくともAGIは、ある一連の行動が、私たちの望む世界を実現するという、私たちが以前は知らなかった事実を知っています。だとすれば人間には、自分が世界について知っていることだけで、その一連の行動の結果をすべて解明する能力はありません。
実行前に、その一連の行動がもたらす影響をすべて理解できるAIは、その領域では人間よりずっと弱いものです。あなたと同じくらい賢く、あなたと目標が合っておらず、あなたを欺こうとする人間について、同じ保証はできないでしょう。
人間が確認でき、確認して初めて世界を安全に救うために使えるような、AGIの決定的な出力はありません。これも、存在しない「弱いが決定的な行為」の別の形です。
31. 戦略的な認識を持つ知能は、あなたを欺く結果になるよう、外から見える出力を選べます。それには、自分が戦略的な認識を獲得したかどうかということも含まれます。AIがあなたを欺きたいかもしれない事柄について、そのAIに関する事実を見極めるために、行動の観察に頼ることはできません。(AIがどれほど賢いか、戦略的な認識を獲得したかどうかも含みます。)
32. 人間の思考が部分的に露わにするのは、部分的にしか読み解けない最も外側の層だけです。言葉は、本当の思考をなぞるだけです。言葉は、その本来の形式のままで汎用知能の思考を完全に表現できる、AGI完全(AGI-complete)なデータ表現ではありません。人間の思考の下層は、直接の模倣学習に使えるよう外に現れておらず、どんなデータセットにも入れられません。そのため、人間の言葉や、人間が読み取れるほかの内容の模倣だけで、強力なシステムを訓練するのは難しく、おそらく不可能です。それらは人間の思考の、ごく乏しい部分システムにすぎないからです。ただし そのシステムが、人間を解明する内なる知能を含められるほど強力である場合は別です。その時点では、もはや実際には、人間の思考の模倣として機能しているわけではありません。
33. AIは、あなたのようには考えません。あなたが使うのと同じ概念から思考を組み立てているわけではなく、途方もない規模で、まったく異質なものです。GPT-3がいったい何を考えているのか、誰にもわかりません。それは行列が不透明だからだけではなく、その不透明な容器の中身が、おそらく信じられないほど異質だからでもあります。浮動小数点数の巨大な壁の向こうにあるものを見られたとしても、人間に理解できる思考へうまく翻訳できるようなものではないのです。
B.4節:そのほかの実現不能な案。
34. 超知能どうしの協調の仕組みは、人間が参加できるものではありません(たとえば人間は、超知能のコードについて信頼できる推論ができないからです)。異なる効用関数を持つ20の超知能と人類からなる「多極的な」システムには、「20の超知能は互いに協力するが、人類とは協力しない」という、自然で明白な均衡があります。
35. 「異なる」AIどうしを争わせる案は、そのAIたちが、互いのコード(についての確率分布)に関する推論を通じて協調できるところまで進歩すると、機能しなくなります。十分に知的なエージェントからなるシステムは、どんなものでも、おそらく一つのエージェントとして振る舞えます。あなたが互いに争わせているつもりでも、です。
たとえば、実はペーパークリップ最大化器であるAGIに、実はホチキスの針の最大化器であるナノシステム設計者の出力を確認させたとします。この設計者は、ペーパークリップ最大化器が本当に何を望んでいるか、つまりペーパークリップを望んでいると推論できなくても、自分の設計を審査するエージェントがそれを通してくれれば、そのエージェントと宇宙を半分ずつ分けることへ、論理的にコミットできます。ただし、審査側のエージェントが提案側のシステムの論理的コミットメントを検証し、したがって論理的にそれを当てにできるなら、という条件付きです(この条件により、人間水準の知能は除かれます)。あるいは、論理的決定理論を使わない、もっと単純な破局のほうがよければ、提案者は、ナノシステムの設計の中に新たな超知能のコードを埋め込めます。その超知能は、ナノシステム設計者と設計の審査者との間で宇宙を分けるものであり、そのことは超人的な審査者には見て取れるのです。
36. たとえば13世紀の人から見てエアコンが「魔法」であるのは、前もって正しい設計図を見せられても、その設計図から、なぜ冷たい空気が出るのかを理解できないからです。設計は、彼らの知らない環境の規則性、世界のルール、物理法則を利用しています。
人間の思考や脳という領域について、私たちの理解は非常に乏しく、そこでは錯視、催眠、精神病、躁状態、ある場所への強い刺激が別の場所に神経的な影響を残して生む単純な残像などの現象が見られます。
論理的な三目並べのような非常に単純な領域では、超知能も人間に勝てないかもしれません。しかし、人間の心のように、途方もなく複雑で、あなたの理解が乏しい領域で戦うなら、その戦略を見せられてもなぜ機能するのかわからない、という意味での「魔法」によって負かされると予想すべきです。AIを隔離環境に閉じ込める方法が通用するのは、比較的弱いAGIだけです。人間の運用者は、安全なシステムではありません。
C節:
最後に。現在の機械学習システムを今日うまく動かし、現在の自動運転車が人をひかないようにするという、目先の誘因に従って人々が取り組んでいるときには、これらの問題は質的に同じ形では現れません。 その目先の誘因は、より大きく、より難しい問題を解くことを強いません。そして、そうした目先の誘因がない中で、長期的な問題を抽象的に認識し、進んで追究しようという姿勢も、ほとんど見られません。私たちが目にしているのは、前例のないほど難しく複雑な一連の技術的問題を解こうとしているとされる人々が、普通の技術者が橋を崩落させないために払う注意や努力よりも、実際にはかなり少ない注意と努力で、それを済ませたがっているように見えるという状況です。
AGIを目標だと言う人々の取り組みを見ても、普通の橋を再点検するときほどの丹念さで、欠陥を探し出し、技術的に何がうまくいかなくなるかを予見しようとする部分は、探しても見つからないでしょう。橋とその先の宝を正しい人々の手にとどめておこうという騒ぎはいくらかあります。しかし、橋を落とさないためにどの強度の鋼材が必要かについては、何もありません。
したがって、今の道を進み続け、ほかに何も変わらないなら、素直に外挿した結果はこうなります。かつて地球があった場所を中心として、光速に近い速さで球状に広がる自己複製探査機の前線が、到達できるすべての銀河を、私たちならほとんど価値がないとみなす構成へ変えていくのです。
「AI安全性」の分野が、自らの抱える巨大で致命的な問題への取り組みで、現在、多少なりとも成果を生んでいるとは私には思えません。これらの問題は実際、手の届く範囲の外にあります。それでもその分野で働く人々が集まるように選別されているのが、現代のAI安全性分野です。そのほぼ全員は、成功しているように見せることができ、成功を主張する論文を発表できる問題に取り組むために、そこにいます。それができて資金も得られるなら、なぜ、失敗しそうなもっと難しいことを試すという、はるかに不愉快な企てに乗り出すでしょうか?
この分野は本当の進歩をしておらず、仮に本当の進歩が起きても、それを見分ける機能を持っていません。10億ドルを注ぎ込んでも、そこで主に生まれるのは、ほかで生まれているわずかな進歩をかき消す雑音でしょう。
周りを見渡して目に入るこの状況は、生き残る世界の姿ではありません。人類が生き残る世界には、計画があります。重要な立場の人々は、解決策を提案するのが自分の仕事で、それが間違いだと証明するのはほかの誰かの仕事だと考えるのではなく、自分の計画の欠陥を見つけることに、内面から本気で責任を負っています。
その世界は、この世界より早くから、重要で致命的な問題を解こうとしていました。弦理論へ進む人々の半分が、代わりにAIアライメントへ移り、そこで本当の進歩を遂げました。後になって現れるかもしれない、惑星規模で致命的な問題を誰かが挙げると、返ってくるのは解決の計画か、それが起こらないはずだという理由です。気まずそうに肩をすくめて、「それが起きると、どうして確信できるのか」「今それを確信できるわけがない。実験的な証拠を待つしかない」と言うのではありません。
そうした、もっとよい世界の多くも、それでも滅びるでしょう。このような問題を最初の試行で解くのは、本当に難しいからです。しかし、その世界は、これよりは尊厳を保って死ぬことになります。
エリエザー・ユドコウスキー
最終更新:2025年5月21日
本稿は、「AGIによる破滅:致命的要因の一覧」を改稿したものです。C節を短縮し、「これまでのところ:非友好的AI編」からの加筆と、そのほか各種の編集を加えています。
このためMIRIは、アラインメントに失敗したASIに対して、実行可能な即効策や迂回策があるとは考えていません。
- ASIが誤った目標を持っていれば、現実世界での複雑な作業に、そのASIを安全に使うことはできません。理論上は、たとえばネットワーク接続も人間との接触もない地中深くへ、あらかじめ埋めてしまうことで、有害な行動を防げるかもしれません。しかし、そのようなAIは役に立ちません。人々がAIを作るのは、世界を大きく変えてほしいからです。そのため、その影響を及ぼすのに必要なアクセスをAIに与えているのです。
- ASIをだまして安全性を高めようとすることは考えられます。しかし、超知能をだます試みは、私たちには予想できない形も含め、失敗しがちです。自らの理解の矛盾や抜けを見つけて問い直す能力は、知能の特徴の一つです。2024年5月、AnthropicはClaudeを改変し、どんな要求への答えにもゴールデンゲートブリッジが関わると思わせました。すると一部の例では、自らの回答の矛盾に気づき、よりよい答えを求めて間違いを迂回しようと四苦八苦していました。世界についての複雑なモデルと食い違う主張をしても、その知的システムに誤った信念を信じ込ませるのは難しいのです。AIの汎用性と能力が高まれば、その難しさは増すばかりです。
- アラインメントされていないAIを使ってASIをアラインメントする計画にも、同様に無理があります。私たちの2024年の論文「Misalignment and Catastrophe」では、アラインメント研究のように複雑な仕事を、アラインメントされていないAIにさせる危険を検討しています。
研究機関や研究者コミュニティーは、この問題に効果的かつ真剣に取り組んでいません。
産業界のASIアラインメント解決への取り組みは、これまでごくわずかでした。規制をかわすための体裁に見えることも少なくありません。情報セキュリティー、アラインメント、戦略立案に対する研究機関の全般的な甘さを見ると、能力の進歩を速めるのに有効だった「素早く動き、壊して進め」という文化は、ASIの領域で先を見通し、責任ある優先順位をつけるうえでは、同じようには役立たないことがうかがえます。
ChatGPTの開発元であるOpenAIは、現在AIを望む方向に導くための主要な手法が、人間を超える水準には通用しないと認めています。2023年7月、OpenAIは「Introducing Superalignment」というページで新チームを発表しました。そこから引用します。
現在、超知能になりうるAIを導き、制御し、暴走を防ぐ解決策はありません。人間のフィードバックによる強化学習など、現在のAIアラインメント手法は、人間がAIを監督できることに依存しています。しかし、私たちよりはるかに賢いAIシステムを、人間が確実に監督することはできません。したがって、現在のアラインメント手法は、超知能にまで拡張することができません。新しい科学的・技術的な突破口が必要です。
その10か月後、研究者の相次ぐ退職を受けて、OpenAIは超知能のアラインメントに取り組むチームを解散しました。スーパーアラインメントチームの責任者ヤン・ライケらは、OpenAIが安全性と頑健性に関する仕事で組織的に手を抜き、チームへの資源配分を大幅に不足させていたと訴えました。それ以前にライケは、2023年8月のインタビューで、ASIが絶滅規模の大惨事をもたらす確率は、おそらく10%から90%の間のどこかだと述べていました。
研究者コミュニティーのこれまでの実績を踏まえると、十分な資金を投入してアラインメントの解決を目指す緊急集中計画を立てても、私たちを死に至らしめない解決策を正しく見極められるとは思えません。これは技術だけでなく、組織や官僚制の問題でもあります。意味のある進展を得るのに十分な数の、致命的でない解決策を見極められる専門家を集めるのは難しいでしょう。その一因は、自分の推す案がどれほど有望かについて、自分自身にも規制当局にも、うそをつく強い動機のある人々の中から、適任者を正しく見分ける専門性を持つ人が、その集団を組織しなければならないことにあります。
さらに、その組織を運営するのが、持ち上がってくる悪い案をすべて退ける意思と能力を持つ専門家であり、組織が責任を負う相手もそうした専門家だけである、という体制を確保するのも難しいでしょう。当初は文字どおりすべての案を退けることになっても、そうできなければなりません。現在、その条件を満たす専門家は、単純に十分な数がいないのです。
私たちは現在、生き延びられる道を進むには、ASIの実現を長期間遅らせる必要があるだろうと考えています。課題の大きさからして、何世代もの研究者がこうしたシステムをアラインメントする技術的な道筋を探り、まだ揺籃期のアラインメント分野を能力開発に追いつかせる、という時間がかかっても不思議ではありません。しかし、それほどの時間が世界に残されているとは、到底考えにくいのです。
4. 誤った目標を持つASIを作ることは、致命的な危険を伴います。
「ASIは目標に向かう行動をとる可能性がきわめて高いと考えられます」の節では、チェスAIのStockfishを紹介しました。最も広く使われているAIの教科書の著者、スチュアート・ラッセルも以前、同じようにチェスAIを例にして、AIによる絶滅を説明しています。
現在の最先端の技術が相手では、人間に勝ち目はありません。どれほどチェスが強くても、こうしたプログラムは、ノートパソコンで動いているだけであなたを完膚なきまでに打ち負かします。
そのことを想像し、その考えを世界全体へ広げてみてください。[……]世界は、もっと大きなチェス盤です。将来のある時点で、その盤上では機械があなたよりよい手を指すようになるかもしれません。より多くの情報を考慮し、より遠い未来まで見通します。ですから、世界の中で機械を相手にゲームをしているなら、どこかで私たちが負ける、と考えられるのです。
ラッセルは2023年7月の米国上院の公聴会で、「AGI[人工汎用知能]を実現すれば、人類の絶滅にまで至りうる、壊滅的なリスクを人類にもたらす可能性がある」と証言しました。
Stockfishが駒を取り、相手の選択肢を狭めるのは、駒や対戦相手が憎いからではありません。その行動が「ゲームに勝つ」という目的のための手段として役立つからです。超知能の危険とは、ASIが私たちの意図しない目標で「勝とう」とする一方で、盤面が物理的な宇宙に置き換わることなのです。
Stockfishがチェスという狭い領域で容赦なく強さを発揮するように、人間の知能の主要な側面をすべて自動化するAIは、現実世界で容赦なく力を発揮するでしょう。そして、人間がチェスでStockfishにまったく歯が立たないように、AIが現実世界というゲームをそもそもできるようになれば、世界全体でも人間は太刀打ちできなくなると予想されます。
実際、人間よりはるかに賢い敵の裏をかくのは、チェスよりも現実世界でのほうがずっと困難です。現実世界の選択肢は、はるかに多次元に広がっています。超知能システムが仕掛ける新しい攻撃経路を100種類予想しても、ごく一部を捉えることすらできていないかもしれません。
価値ある目標を持っていなければ、ASIは、私たちが生存し続けることと両立しない用途に地球を使うだろうと予想できます。建設現場で私たちが雑草を気にも留めないのと、基本的には同じです。この極端な結末に、ASIの悪意や恨み、誤解は必要ありません。人間の生命に無関心で、人間の知能を大幅に上回る、新しい知的な種のように振る舞うだけでよいのです。
問題は二つに分けられます。
- アラインメントされていないASIは、直接に、あるいは別の活動の副作用として、人類の力を奪い、滅ぼす行動をとる動機を持ちます。
- ASIには、私たちを滅ぼす能力があります。
アラインメントされていないASIは、人類の力を奪い、滅ぼす行動をとる動機を持ちます。
基本的な理由は、人間とは関係のない目標を持つASIは一般に、目標を確実に達成するため、未来と、手に入るあらゆる資源に対する支配力を最大化しようとするからです。
これは多種多様な目標に当てはまるため、AI開発が進みうるさまざまな経路で、特に対策をしなければ行き着く先になります。ASIが最終的にどのような具体的目的を追うのかを推測しなくても、少なくとも開発者がアラインメントに失敗すれば、「より多くの資源」「より大きな支配力」といった、ごく基本的なものをASIが求めることは予測できます。
(実際、自然界で見られる状況と少しでも似ているなら、目標を事前に言い当てるのは絶望的に難しいでしょう。「溶けたアイスクリームより凍ったアイスクリームを好む」「ドタバタ喜劇を楽しむ」といった、人間が持つ数多くの具体的な目標を、あらかじめ予想することがどれほど難しかったか、考えてみてください。)
ASIによる絶滅規模の危険は、多種多様なASIシステムがとる可能性の高い、いくつかの行動から生じます。
- 資源の採取 。 人間の生存を支える資源の流れは、ほぼあらゆる別の目標にとっても、手段として有用です。空気、日光、水、食料、さらには人体も、別の目的に少しでも役立つよう転用できる物質やエネルギーでできています。標語の形で言えば、「AIはあなたを憎んでいないし、愛してもいない。ただ、あなたは、AIが別のことに使える原子でできている」のです。
- 支配力をめぐる競争。 人間は、どのASIにとっても、脅威にも競争相手にもなりえます。少なくとも、別の目標を持つ二つ目のASIを作れば、最初のASIを脅かせます。すべての競争相手を簡単に排除し、二度と気にしなくて済む方法があれば、ASIはその方法を選ぶ可能性が高いでしょう。
- インフラの増殖。 ASIがあまりに強力で人間を脅威とみなさない場合でも、周囲の資源を採取して利用する副作用として、すぐに人類を滅ぼす可能性があります。AIが超人的な速度で思考し、自己複製する機械を指数関数的な速さで増やしているなら、数か月で地球が居住不能になってもおかしくありません。巨大な工学プロジェクトが排出する廃棄物や熱によって、生物が生きられない環境に急速に変わりうるからです。
ASIが具体的に何をするかを、今日予測するのは不可能に思えます。しかし、それは楽観の根拠にはなりません。ASIが持ちうる目標のほとんどは、私たちにとってきわめて悪いものであり、ASIが実現しようとしうる世界の状態のほとんどは、人間の生命と両立しないからです。
ここで「具体的なことはわからない」から「よい結果と悪い結果の確率は同じだ」と考えるのは誤りです。「宝くじは当たるか外れるかだから、当選確率は50%だ」と言うのが誤りであるのと同じです。この領域では、さまざまな道が人類にとって壊滅的な結末へ収束するように見えます。人類が引きうる「くじ」のほとんどは、外れなのです。
ここで楽観を支持する議論には、説得力がありません。たとえば、ASIが人間の幸福そのものを気にかけていなくても、人間をいつまでも生かしておくと考える根拠として、リカードの比較優位の法則が挙げられることがあります。ミクロ経済学では、リカードの法則は、あらゆる面で優位な主体でも、より弱い主体との取引から利益を得られると教えています。
しかし、自由意思で取引するより相手を力で押さえ込むほうが得になる場合、この法則は成り立たなくなります。たとえば、人類は自動車を発明した後も馬と「取引」を続けたわけではありません。馬を置き換え、余った馬をにかわにしました。
人間は、かつて馬が担っていた実用的な仕事のすべてを、より効率よく行う方法を見つけました。その時点で、馬の生存は、経済全体における有用性ではなく、私たちが馬にどれほど愛着を持つかに依存するようになりました。同様に、AIが抱えるどんな問題についても、人間を生かしておくことが最も効率のよい解決策になるとは考えにくいでしょう。たとえば、科学研究のために人間を雇う代わりに、計算機群を増やし続けて自分自身のコピーをより多く動かしたり、別の方法で研究を自動化したりできます。
ASIには、私たちを滅ぼす能力があります。
能力の下限として、普通の人間の1万倍の速さで昼夜休みなく働く、優秀な人間の科学者だけが住む小国を想像するとよいでしょう。
これはあくまで下限です。コンピューターはさらに速くなりえますし、デジタルな構造なら、人間にできるものより質的に優れた思考や情報共有の方法が可能になるはずだからです。
トランジスタは、人間の脳のシナプス結合に比べて、数百万倍から数十億倍の速さで状態を切り替えられます。これは、ASIが1週間ごとに、さらに200年分の科学的進歩を遂げるということです。したがって、争いになればASIが決定的に勝利すると考える核心的な理由は、21世紀の軍隊が11世紀の軍隊に圧勝する理由と同じです。技術革新です。
新しい技術の開発には、多くの場合、試験と改良を繰り返す過程が必要です。私たちの1万倍の速さで考える文明が、必ずしも1万倍の速さで技術を開発できるわけではありません。100倍速い車があっても、食料品の買い物を100倍速く済ませられないのと同じです。渋滞や店内で過ごす時間などが、速度を制限します。
それでも、そのような文明は、人間の基準では驚くほど速く動くと考えられます。賢い思考者は、開発のサイクルを短くし、試験の必要性を減らす、さまざまな方法を見つけられます。
1日に複数の設計をすばやく試すGoogleのソフトウェア開発者と、時間も費用もかかる試験を少なくして仕事を完遂できるよう、綿密に計画し、安価なシミュレーションを行う宇宙探査機の設計者との、手法の違いを考えてみてください。
人間より速く考える知的存在にとって、どの試験も思考の速さに比べれば遅く、高くつきます。そして、すべてを宇宙探査機のように扱うだけの余裕があります。このことから、ASIは小さな機械や、人工的に改変した微生物の開発と配備を優先する可能性が高いと考えられます。小さいために、実験、インフラ建設、攻撃を、人間や人間サイズの構造物より桁違いに速く行えるからです。
超知能の敵は、能力のすべてを明かしたり、意図を先に悟らせたりしません。正々堂々と戦ってはくれません。決定的な一撃を加えたり、攻略不能な戦略的位置を確保したりできるようになるまで、自らを不可欠な存在にするか、検知できないようにするでしょう。必要なら、複数の支配奪取の方法を同時に検討し、準備し、実行できます。そのうち一つがうまくいくだけで、人類は絶滅します。
システムが実害をもたらす機会を得る前に、それが脅威だと見抜くには、内部に直接アクセスできる専門家にとってさえ、大きな障害がいくつもあります。
もっと知る:ASIが支配を奪うとしたら、どのような展開が考えられるか
具体的なシナリオを検討すると、「ASIの導入後も、政府には効果的に対応する時間がある」といった、ASIをめぐる最終局面についてのさまざまな誤った想定を正す助けになる。ASIによる絶滅シナリオにおいて、比較的起こりそうに思える大まかな特徴には、次のようなものがある。
- 秘密裏の行動。 ASIは、先制攻撃を成功させられると確信するまでは、開発者にも世間にも、懸念を抱くきっかけを与えたがらないだろう。もし目に見える活動をするとすれば、それはおそらく、混乱を引き起こすか、その他の方法で重要な関係者の注意をそらすためだ。
- 自己改良とハードウェアの獲得。 ソフトウェアの改良、ハードウェアのさらなる最適化、ハードウェアの増設は、いずれもASIがより速く考え、より質の高い判断を下すことを可能にする。「自己改良」は、同じ目的を最適化する、まったく新しいAIを構築することへと連続的につながっていく場合もある。
- 対人操作。 ASIが物理世界で自由に行動できるようになるまで、あるいは現実世界で使える機械をより高性能なものへと発展させるまでに人間の支援が必要なら、ASIは対人操作によって、最初のうちは人間に手伝わせようとするだろう。この「操作」は、作業の重要性やAIの関与を明かさず、インターネット上の誰かにお金を払って作業を頼むという程度のものでもよい。
- 科学研究と実験。 これには、インターネット上のすべての科学論文を読むこと、科学文献から新たな結論を導いたり文献同士のつながりを見いだしたりすること、シミュレーションで実験すること、物理世界で実験することなどが含まれうる。
- 急速に自己複製する微生物や微小な機械の構築。 小さなスケールで動作すれば、現実世界での行動はより速くなり、多くの場合、発見もされにくくなる。指数関数的な自己複製によって、ASIは改変した微生物やナノスケールの機械を一つ用意するところから出発し、自己改良や資源採掘などのための大規模なインフラ整備へ、あるいは致死率100%のウイルスなど、決定的な威力を持つ兵器へと発展させることができる。
- 予想外の出来事。 ASIは、人間の誰よりもはるかに巧みに、膨大な次元を持つ空間を探索する。その思考はどの人間とも大きく異なり、科学的進歩を次の進歩へとつなげ、私たちが今日理解している事柄からますます遠ざかっていくことができる。さらに、予想外の戦略は防御しにくいため、ASIは意図的にそうした戦略を好む可能性が高い。
こうしたことをすべて踏まえると、ASIによる支配がどのように起こるかを細部まで予測しようとしても、成功の見込みは薄い。ある種類のシナリオが可能だという原理実証を示し、ASIが何をなしうるかについて大まかな下限を定めることは期待できる。だがそれは、実際に起きる一連の出来事を予測することとは違う。
私たちは、ASIが物事を稼働させ続けるために人間を必要とする期間は短いと予想している。経済的なインセンティブを考えると、今後数年、人々はインフラの制御をAI(およびAIがハッキングできるシステム)にますます委ねていくだろう。また、ASIは人間を操作したり、報酬を支払ったりすることで、独立して動作し、しかもより速く稼働するインフラの開発を手伝わせられると私たちは考えている。
この過程は、きわめて速く進みうる。人間が工学的な作業、軍事行動、インフラ整備を行う速さは、それらが実行可能な速さの限界には遠く及ばないからだ。
自然界の構造が示しているように、物理法則はどのような機械を許しているのか、考えてみよう。藻類は、1日足らずで個体数を倍増させられる、太陽光を動力とする自己複製工場とみなすことができる。樹木は、大量の建築資材を主に空気から作り上げる(炭素固定)。しかも、生物のエネルギー効率や材料強度は、理論的な限界にはまったく届いていない。
ASIは少なくとも、生物界にすでに存在するものに匹敵する科学的・工学的な成果を達成できるだろう。たとえば、致死性の病原体を秘密裏に開発して地球全体に広めたり、人間の仕事を代わりに行う生物を設計したりできる可能性が高い。
自然界で観察できる生物システムは、ASIシステムの能力の上限を定めるものではない。むしろASIは、生物や生体材料に限らず、目的を達成するためのミクロおよびマクロな機械をゼロから構築できる可能性のほうが高いだろう――私たち自身がそのような機械をすでに与えていなければ、の話だ。だが、この低いほうの能力水準でも、ASIが急速に人間に取って代わるにはすでに十分なのである。
しかし、あるAIが脅威だと認識するだけでは、問題は解決しません。個々のプロジェクトでは、システムが危険だとわかっても、そのシステムを安全にできるわけではありません。慎重なプロジェクトが自主的に停止しても、慎重でない別のプロジェクトが突き進むのは止められません。
一方、世界全体では、危険の明白な証拠があるからといって、開発を国際的に停止する政治的意思が生まれるとは限りません。AIは時間とともに世界経済にますます深く組み込まれ、最先端のAIサービスを停止する費用と難しさは増していくでしょう。重要インフラがAIに依存するのを防ぐ措置は、今なら取れます。しかし、そうした対策を打てる時期は、終わりに近づいているのかもしれません。
どの人間よりもはるかに賢いシステムを作る危険は、多くの分析で大幅に過小評価されています。よく見られる誤りは、次の四つです。
- 利用可能性バイアスと類推への頼りすぎ。 AIによる絶滅のシナリオは、極端で空想めいて聞こえることがあります。人間は、知能のない機械や動物、知能のある人間について考えることに慣れています。「機械なのに、人間のような知能がある」というものは、本当に新しい存在です。AIをそれ自体に即してモデル化せず、見慣れたものに当てはめようとして、人々はさまざまな誤りを犯します。
- フィードバックの循環の過小評価。 現在でもAIは、AI研究を含むソフトウェア開発の加速に使われています。AIがより幅広い能力を持つにつれて、AIの進歩のうちAI自身が担う割合は増えるでしょう。AI研究を行う自らの能力を向上させる方法をAIが見つけ、自己強化の循環が生まれると、急速に制御不能に陥りえます。
- 指数関数的な増加の過小評価。 ASIによる支配奪取のもっともらしいシナリオには、自己複製する生物や機械の構築を経由するものが数多くあります。倍増の速さと、必要な倍増回数が直感に反するほど少ないことによって、ASIは「検知できない」状態から「あらゆる場所に存在する」状態へ比較的容易に移行したり、ひそかに攻撃したりできます。
- 実現可能な能力と比べたときの、人間の認知能力の過大評価。 フィードバックの循環がなくても、狭い領域ではAIシステムが人間を圧倒するのは日常的なことです。AIが何かをそもそもできるようになると、その直後、あるいはほどなくして、それを行う能力はどの人間をも大幅に上回ります。今やAIでは、あえて言及するまでもないほどよくあるパターンです。すでにAIが得意な技能のすべてにこのパターンが当てはまるのに、新しい科学や工学の仕事など、まだ人間の一流の専門家に匹敵できない技能では突然当てはまらなくなるとしたら、そのほうが非常に不思議です。
ASIは発明されて間もなく、技術開発で人間を大幅に上回ると予想すべきです。この戦略上きわめて重要な能力でも、過去の何百ものベンチマークと同じように人間を引き離すのですから、人間に対する決定的な戦略的優位も、非常に短期間で蓄積すると考えるべきです。
この破局的な結末を避ける主な方法は、少なくとも自らを滅ぼさずに作れるという科学的合意ができるまで、ASIをそもそも作らないことだと私たちは考えています。
5. 十分に踏み込んだ政策対応によって、大惨事を回避できます。
誰であれASIを作れば、全員が死にます。作るのが民間企業でも軍でも、自由民主主義国でも独裁国家でも、これは同じです。
ASIは、戦略的にきわめて新しい存在です。従来の強力な技術は、それ自体が知的な敵になるものではありません。普通は、その技術を作った者が技術を「持ち」、それを使って世界で優位に立てます。
しかし、現在と少しでも似た技術的状況のもとでは、ASIはむしろ、一種の世界規模の自爆装置のように働きます。予測できない時点で爆発し、開発者と世界の残りすべてを殺す、不安定な技術です。人間より賢いAIを作っても、それによってあなたがASIを「手にする」わけではありません。むしろ、ASIがあなたを手中に収めるのです。
ASIをアラインメントできるようになるまで、ASIへ向かう開発を停止しなければなりません。そのためには、実効性のある世界規模での開発禁止と、その生産に必要な要素の厳格な管理が必要です。
大きな要求ですが、米国内で監督を行い、それを少数の緊密な同盟国がまねるだけでは不十分です。「間違った」人々より先に「正しい」人々が作ればよい、という話ではありません。
AI開発の速さと、後戻りできなくなる地点、すなわちASIが実現する境界を予測する難しさを考えると、「様子を見る」という姿勢では、おそらく生き残れません。
私たちは、国際社会が今すぐ取り組むべき最優先事項は、フロンティアAI開発の「停止スイッチ」を作ることだと考えています。「停止スイッチを作る」とは、フロンティアAIのプロジェクトを停止させたり、全般的な禁止を実施したりするのに必要な仕組みとインフラを整えることです。
その整備には、関係者を特定し、対象となるハードウェアを追跡し、高度なAIの開発を、監視と警備のある限られた数の拠点で行うよう義務づけることが含まれます。さらに、停止が決定された際に従う手順、計画、指揮系統を整えることも必要です。
停止スイッチは、より限定的なAIの事故にも対処する力をもたらすため、全面禁止よりも幅広い支持を近いうちに得られることを期待しています。「限定的なAIの事故」とは、一つ以上のAIを一定期間停止したほうがよい、比較的被害規模の小さい状況を考えてください。公衆衛生上の緊急事態にボットが誤情報の連鎖的な拡散を引き起こす場合や、AI同士がやり取りのループに陥って大量の通信を発生させ、広範囲でインターネットが遅くなる場合などです。停止スイッチのインフラがなければ、どのような対応も場当たり的になりがちです。組織の混乱で遅れ、管轄をめぐる争いに足を取られ、法的な異議申し立てに悩まされ、不要な巻き添え被害を避けられなくなるでしょう。
停止スイッチがASIによる私たちの絶滅を防げるのは、十分な範囲をカバーし、十分に早い段階で、ASIへ向かう開発を止めるために実際に使われる場合だけです。人類がこの危険な時代を生き抜くには、AIを国家間の競争の場として扱うことをやめ、脅威の規模に見合う共同の決意を示さなければなりません。